Vol.3 急性期診療である麻酔と集中治療における研究
「高度な全身管理に携わりたい」「様々な患者さんを診療したい」「チーム医療をマネジメントしたい」そんな医師としてのキャリアに想いを抱く先生方に向けて、今回は麻酔科医が集中治療の現場で活躍する魅力をお伝えします。現場で働く麻酔科医の強み、集中治療を通して得られる学び、そして多職種との連携や良好な関係性を築く方法を、前編・後編の2回に分けてお届けします。
取材・監修
後編 急性期診療における基礎研究・臨床研究との連動と協働
後編では、麻酔科医・集中治療医にとって研究を行うことの意味について語っていただきました。さらに留学のメリットや、研究の始め方、研究に対するモチベーションの保ち方についても伺いました。
【臨床と研究の相互作用】
~臨床プラクティスを変えるのは研究、研究テーマは臨床の中にある
集中治療の最前線で日々患者さんと向き合う中で、「研究」はどのような意味を持っているのでしょうか。
木村先生
これはもう、よく言われていることですが、臨床と研究は相互作用があるというのは本当にその通りだと思います。
どちらか一方だけをやるよりも、両方をやることで、それぞれの質が高まっていく――それが理想的な形なんじゃないかと。
たとえば、臨床をやっていると「これはどうしてなんだろう?」という疑問に必ずぶつかります。その疑問を調べていく中で、実はまだ誰も明らかにしていない課題に行き着いて、それを研究という形で掘り下げていく。そしてその研究成果を再び臨床に還元していく。そういったサイクルが生まれることが、臨床医にとっての研究の価値なんじゃないでしょうか。
海外で基礎研究を行っておられた甲斐先生はいかがでしょうか。
甲斐先生
そうですね、年齢を重ねて、ある程度臨床での判断ができるようになってくると、診療がどうしてもルーチン化してきてしまう部分があります。
そのときに「研究マインド」を持っているかどうかが、自分の診療を見直すきっかけになるんじゃないかと。つまり、「自分が今やっている診療、本当にこれで正しいのか?」「もっと良いやり方はないのか?」と立ち止まって考える視点が持てるようになる。
また逆に、研究を一度もやったことがないと、世の中に出回っている研究論文やデータをどう見たらいいか、判断がつきにくいということもあると思います。たとえば統計の扱い方、実験の条件設定、バイアスの可能性などを知らないと、つい「数字」だけを鵜呑みにしてしまうことがある。
自分で研究に携わって、「研究ってこういう風にして行われているんだ」と実感することで、論文を読む目も変わるし、目の前の患者さんにとって何が最適かという現実的な判断にも深みが出る。私にとっては、研究とは「臨床を問い直す力をくれるもの」でもありますし、より良い医療を目指すための軸にもなっていると感じています。
江木先生の視点からはいかがですか。
江木先生
少し抽象的な話になりますが、「今この世の中で行われている医療が最適解だ」と信じた瞬間に、医療の進化は止まってしまうと思っています。「今、自分が行っている医療が最適解だ」と信じた瞬間に、その人の医療者としての進化は止まってしまうと言い換えることもできます。
つまり、今自分がやっている医療、あるいは医療現場で信じられていることは、まだまだ未完成であって、もっと良い未来があるはずだと信じていなければならない。それを信じないと、今日救えなかった患者さんを、未来においても同じように救えないままになってしまいます。
私たちの存在意義は、進化の過程にあると思っています。だからこそ、私はいつも「我々は未完である」ということを意識して仕事に向き合っています。
「自分も未完成」「この時代も未完成」と思えたら、もっと良くするために何ができるか、前向きに考えられるようになる。そういう思考が自然に研究へとつながっていくんだと思います。
研究が医療を前に進めるということですね。
江木先生
医者としての喜びって、患者さんの病気や医療提供体制に問題を見つけ、それをどうしたら解決できるかと考えて、そして行動することにあるんじゃないかと思うんです。それが自然と「研究」というかたちになっていく。
「研究をやらなきゃいけない」という義務感ではなく、「前向きに仕事していたら、結果的に研究になっていた」という方が、ずっと健全でいい。そうでないと、仕事ってどんどん機械的になって、面白くなくなってしまいますから。
【二刀流が高める診療の質】
~研究を通じて集中治療の臨床における判断軸は形成される
麻酔科医が集中医療を行うことで、研究のテーマや質も変わりますか?
江木先生
当たり前のことですが、術後を見なければ手術を受けた患者さんの予後はわからない、というのが大前提にあると思っています。
手術中は、患者さんは麻酔で意識がなく、血圧や呼吸も私たちが管理していて、痛みも制御できている状態です。
術後には、患者さんは意識を取り戻し、自発呼吸を再開します。そして、その術後において、痛みや吐き気といった不快な症状や脳、肺、腎臓といった各臓器の障害など、患者さんが直面する困難が顕在化してきます。
自分が麻酔を施行した患者さんが、数日後にどうなったのか。その経過に関心を持てば、「もう少し術中に何かできなかったか」という想いが自然に生まれてきます。それが、研究テーマの原点になると思うんですね。
麻酔中だけでは、患者さんの全体像はなかなか見えてきません。だからこそ、術後患者の集中治療にも関わることで、より多くの臨床的な疑問や改善したい課題に出会える。そして、その積み重ねが、研究につながっていくと感じています。
集中治療に携わることによって、臨床と研究の二刀流が生きてくるのですね。
木村先生
なぜ臨床医が研究するのか、という問いに戻って考えるといいと思います。
世の中には、研究能力も高く、研究のための時間が十分にある人がたくさんいます。僕らよりもずっと優れた研究者がいっぱいいる。でも、そんな中で、なぜ僕たち臨床医が、貴重な臨床の時間を削ってまで研究するのか。それは、僕らにしか見えない「臨床的な疑問」があるからです。
つまり、「研究のための研究」や「論文のための論文」ではなく、「目の前の患者さんにとって本当に何がいいのか?」というクリニカル・クエスチョン。それは現場に立っている僕たちにしか生まれない発想だと思うんですよね。
もう1つ大事なのは、研究を通じて臨床能力を高めることができるという点です。
たとえば、ガイドラインを読んで、その通りに実践することはできます。でも、ガイドラインが変わる背景にある論文やデータの読み方、その限界――そういった深い理解がなければ、患者ごとに適切な判断をするのは難しい。
自分で論文を読み、研究し、時には自ら実践してみることで、「この患者にはこのガイドラインは当てはまらないな」とか、「この解析方法は不適切だな」といった視点が育っていく。それが、臨床医としての深みをつくっていくと思っています。
甲斐先生
臨床から離れずに研究をするというのは、やっぱり自分のディシジョンメイキングの質を上げるためでもあります。
麻酔科って、患者が急変した時に判断を求められる診療科です。短い時間で判断して、すぐに動かないといけない。そういうときに、耳学問や曖昧な記憶だけではなく、しっかりと研究やエビデンスに裏打ちされた知識があると、判断の質が変わってくると思います。
そのためには、やっぱり研究を通じて知識を深め、自分の判断軸をつくるというのはすごく大事なことだと思っています。
甲斐先生は「もっと基礎研究をする臨床医が増えてほしい」ともおっしゃっていましたが、その想いについても少しお聞かせいただけますか?
甲斐先生
僕が研修医だった頃は、まだ日本では臨床研究がそれほど活発じゃなくて、基礎研究が研究の主流だったんです。今は基礎研究に関わる人が減ってきていて、少し寂しいと感じています。
たとえば、「麻酔薬がなぜ麻酔作用を持つのか」って、実はまだ完全には解明されていないんですよね。それって、すごく面白いし、根本的な問いだと思うんです。
僕としては、生きているうちにそういったメカニズムを少しでも明らかにできればと思っているし、そういう問いに挑戦する若い人がもっと増えてくれたら嬉しいですね。
【留学と研究のモチベーション】
~集中できる環境を経験し、有機的な24時間を創造できる医師に
先生方は全員、海外留学のご経験がありますよね。医療者の間でも留学経験者が多い印象を受けますが、やはり留学には大きなメリットがあるのでしょうか?
木村先生
僕はこれまで3回留学していて、その経験から『留学』に関する本も書いているくらい、思い入れがあります。
留学の最大のメリットは「集中できること」だと思います。日本だとどうしても臨床と並行して研究をしなければならず、環境的にも自分自身の中でも集中することが難しい。けれど海外に行くと、朝から晩までずっと研究だけに打ち込めるんです。
1年間の経験値が日本の数年分に匹敵するような濃密な時間を過ごせるのが、留学の大きな意義だと思います。
甲斐先生
私はアメリカ・ボストンで2年半、基礎研究をしていました。研究の手法や設備自体は日本と大きく変わりませんが、1番の違いは「主体性」ですね。
例えば、もし必要な機材が自分のラボになければ、持っているラボを探して回ったり直接交渉しに行くことはよくあることで、じっとしていても誰も助けてくれない。ただ、積極的に話しかければ助けになってくれるし、研究室同士の垣根が非常に低く快く協力してくれる。遠慮していたらどんどん置いていかれるので、積極性や自発性がなければ非常に厳しい世界ですが、チャンスは広がっておりそれがアメリカの強みだと思います。
また、言語や文化の壁がある中で自分の力で道を切り拓いていく経験は、自分を大きく成長させてくれる。コンフォートゾーンから抜け出すことが、前に進む原動力になるんだと思っています。
研究を長く続ける原動力は、臨床への応用なのか、それとも純粋な学術的興味なのか、どちらが強いですか?
木村先生 僕はどちらかといえば前者、つまり臨床への応用をモチベーションにしているタイプです。現場での課題にぶつかったときに、苦しくなって、どうにかしたくなって調べ始める。壁にぶつからないと動かないタイプです。
甲斐先生
僕は基礎研究が中心なので、どちらかといえば「この生命現象が本当にこうなのか?」という純粋な科学的好奇心が強いです。
とはいえ、臨床と完全に切り離しているわけではなく、「もしかしたらこうすれば臨床に応用できるかもしれない」と思いながら進めています。基礎実験で得られた結果がすぐに直接臨床につながるとは思っていませんが、実験で得られた事実をどうやって臨床に橋渡しするかが今後の課題ですね。
江木先生 現場でなにか不思議なことが起きると、「なんでこんなことが起きるんだ?」って自然に気になって、調べ始めてしまう。その疑問に対応しているうちに論文になっていた、という感じです。研究そのものを目指しているわけではなくて、日常の臨床の中にある“問い”が原動力になっているんです。
若手の先生が研究を始めるときは、どのようなステップを踏むと良いのでしょうか?
甲斐先生 基礎研究に関しては、「研究室」をどこにするかが大事ですね。実験設備や手法が整っているとか、指導者や研究室の仲間が刺激的か、自分に合っているかをチェックするために研究室の見学は必須です。なかなか臨床しながらやることは難しいので、最初は大学院に入学して、がっつり基礎研究の世界にのめり込むのがいいと思います。
木村先生
研究にどのレベルまで取り組むかによると思います。僕のように臨床的な疑問を少しずつ深めていくスタイルであれば、いつでも始められます。
でも、世界に通用するような研究者を目指すなら、早いうちからきちんと研究の訓練を受けて、体系的に学ぶ必要があります。世界では「MD-PhD」として早期より本格的に研究の道に進む人がいます。だから、目指す方向によってスタート時期は変わるかもしれませんね。
江木先生
僕は、「研究に必要なのは、 “時間の使い方”」だと思っています。
大事なのは、1日24時間をどう配分するか。家族、趣味、臨床、研究……全部をどう効率的にこなすか。それができるかどうかで、研究が継続できるかが決まる。
僕が留学して驚いたのは、「同じ24時間を生きているはずの人が、信じられないほどクリエイティブな仕事をしながら、人生を楽しんでいる」ってことです。じゃあその違いは何かと言えば、時間をどう使っているかなんですよね。
ですから、「自分の時間をどう使うか」が何よりも大切だと思っています。
臨床と研究を両立させるためには、どのように時間を使うべきでしょうか。
江木先生
僕から言えるのは、1人で何もかもやろうとしたら無理、ということですね。だから大切なのは「仲間の存在」だと思っています。
家族も、職場の同僚も含めて、自分が孤立せず、誰かと協力しながら動いていけるかどうか。これが時間の捻出や、気持ちの面での余裕を生み出す鍵になると思います。
「自分がやった」ではなく「みんなでやった」というスタンスを持てば、時間もモチベーションも、より良い方向に働く。これは、研究でも臨床でも同じです。仲間に支えられながら、自分も誰かの支えになって、持ちつ持たれつの関係性を築く。
そうすることで、24時間という限られた時間が、ただの「線」ではなく、有機的で厚みのあるものとして機能していくのだと思うんです。
結果的に、研究も臨床もできるという環境が作れるし、自分1人では救えない患者を救える。そういう24時間の有機的な過ごし方ができる一つの生き方が麻酔科医・集中治療医だと思います。
だからこそ、もし、麻酔科医として、研究の勉強をしてみたい、集中治療にも関わってみたいと思えば、やはり、良い仲間たちが助け合いながら、思いやりをもって互いに接しようとしているようなチームの仲間になるのが良いと思います。京都大学麻酔科はそういうチームであることを目指していますし、実際、良い仲間に恵まれていると思います。
審J2504043

