筋炎診断における筋病理の重要性、意義と
筋炎の最新分類
国立精神・神経医療研究センター神経研究所
疾病研究第一部 部長
ゲノム診療開発部 部長
西野 一三 先生
(審J2409152)
国立精神・神経医療研究センター神経研究所
疾病研究第一部 部長
ゲノム診療開発部 部長
西野 一三 先生
西野先生:
現在の国立精神・神経医療研究センターは、もともと国立療養所武蔵病院という精神科の療養所でした。昭和53年に院内に「神経センター」が設立され、その後、昭和61年に国立精神・神経医療研究センターの設立に際して「神経研究所」と改称されています。現在では、病院、神経研究所、精神保健研究所の3つが中心的な施設になっています。また、センター内センターとして、メディカルゲノムセンター(MGC)、トランスレーショナル・メディカルセンター(TMC)、脳病態統合イメージングセンター(Integrative Brain Imaging Center:IBIC)、認知行動療法センターの4つがあり、最新の研究を行っています。
西野先生:
疾病研究第一部は筋疾患の病態解明と治療法、診断法の開発を目指している部門です。私自身は基本的に全ての筋疾患を研究対象にしていますが、なかでも筋ジストロフィー、遺伝性ミオパチーと呼ばれる疾患群を中心に研究を行っています。最近は次世代シークエンサーを用いた遺伝性疾患の網羅的解析も行っており、そういう中で新しい疾患の原因遺伝子を発見することもあり、大きなプロジェクトになってきています。
西野先生:
恩師である埜中征哉(のなかいくや)先生(現・国立精神・神経医療研究センター病院名誉院長)が、1978年に外部施設から筋生検の検体を受け付けたのが始まりです。開始時は年間10検体ほどでしたが年々増加し、2014年には827検体、2015年には849検体と過去最高を記録しました。現在では日本全国の約7割を占める検体が送られてきており、日本の筋疾患医療を舞台裏で支えているような構造になっています。私自身は研究職に就いていますが、実際には診断サービスを通して医療の一端を担っています。様々な疾患の原因や機序がわかってくる中で、最近は筋病理診断のみでなく生化学的診断、さらには遺伝子診断も含めて可能な診断は全て行い、問題を解決することを目指しています。
西野先生:
筋病理用にはホルマリン固定ではなく、全て新鮮凍結固定を行います。筋病理診断で行われる各種の染色方法は、検体が凍結固定されていることが前提になっているからです。新鮮凍結固定の際には、採取後、すぐに検体が凍結されるため全ての分子が良好な状態で保存されます。これは、各種の分子生物学的な解析を行うのに極めて有利です。また、最近は細胞生物学的なことも調べなければ病態機序が分からず、診断もできないという時代になりつつありますので、筋芽細胞や皮膚を一部採取してそれを培養、バンク化するということも行っています。
西野先生:
全てディープフリーザーに入れて保管しています。検体は、一旦凍結したものは絶対溶解させないことが極めて重要です。そのため、全てのフリーザーの電源が非常電源に繋がっており、例え災害が起こり停電しても最後まで溶解を防ぐように設計されています。さらに庫内の温度は常にモニターされていて、一定以上に上昇すると関係者にメールで通知される設定になっています。また液化炭酸ガス*のボンベを各フリーザー横に設置し、庫内の温度が一定以上に上がると自動的にガスが流れ込むように設定されています。さらに非常時に検体をすぐ移せるように常に空のフリーザーを予備で冷やした状態にしています。このように何重にもリスクマネジメントを行い、万全の態勢で臨んでいます。
当センターでは2015年12月末時点で1万5,990検体を保管していますが(図1)、これほどの検体数が保管されている施設は世界でも少数です。ありとあらゆる筋疾患がカバーされているため、筋疾患研究の発展のためにも“人類の宝”として来世紀まで保管することが我々の使命と考えています。
図1 筋生検の保管検体数の推移(1978年~2015年12月末)
西野先生:
筋疾患の診断には歴史的に筋病理診断が重要です。例えば、先天性ミオパチーの1つであるセントラルコア病、ネマリンミオパチーなどは病理所見が病気の定義そのものであるため、理論上、筋病理診断を行わないと診断できません。筋疾患の診断に際して、今でも筋病理診断は中心的な役割を果たしているのです。
しかし、筋疾患は希少疾病であることに加えて、診断にはかなり専門的な知識が必要ですので、筋病理診断を行える専門家は極めて少ないのが実状です。加えて、染色の仕方も普通の組織病理と異なり、特殊な染色法を用いますので、かなり特化した領域といえます。
西野先生:
筋炎の臨床症状を中心とした分類には、Bohan & Peterの診断基準1),2)が歴史的に広く使われ、多発(性)筋炎と皮膚筋炎に分類されてきました。この分類は、現在でもリウマチ内科や皮膚科で受け入れられています。しかし、特に神経内科領域では、筋病理所見を重視した分類が採用されており、2004年にEuropean Neuromuscular Centre(ENMC)のワークショップで提唱された、皮膚筋炎、多発筋炎、封入体筋炎、免疫介在性壊死性ミオパチー、及びいずれにも当てはまらない非特異的筋炎の5つの亜型に分類3)されたものが広く用いられています。加えて最近では、抗合成酵素症候群をも独立した亜型の一つとする分類も提唱されています(2014年ENMCワークショップ)。従って、リウマチ内科医が多発性筋炎という場合には、免疫介在性壊死性ミオパチーや抗合成酵素症候群を含んだ疾患のことを指している場合が多く、一方、神経内科医が多発筋炎という場合には、免疫介在性壊死性ミオパチーや抗合成酵素症候群を含まない疾患を指している場合が多いことに注意が必要です。用語についても、リウマチ内科・皮膚科では「多発性筋炎」が正しい用語ですが、神経内科では「多発筋炎」が正式な用語です。
西野先生:
筋炎の主な診療科は、神経内科、リウマチ内科、皮膚科になります。各科で診療されている患者像は異なります。神経内科には、筋症状がある例が来院されます。例えば、皮膚筋炎の中でも皮膚症状だけで筋症状がない例、すなわちCADM(clinically amyopatic DM)の患者さんが来院されることはほとんどありません。各診療科で診られている患者像が異なることも理解すべきです。
2014年のENMC分類に基づき、神経内科に来院される頻度の高い疾患の特徴と病理所見を紹介します。
骨格筋に生じる炎症性変化によって、筋力低下などの筋症状を来します。PMは筋病理所見上、『非壊死線維を取り囲み侵入するリンパ球(CD8 陽性T細胞)浸潤(図2)及び筋線維上でのMHC class Ⅰの発現上昇』があることが定義となっています。つまり、CD8 陽性の細胞障害性T細胞に正常筋線維が攻撃されることがPMの疾患概念そのものになっています。この定義はかなり厳格に適用されており、このような所見がみられない例、例えば、血管周囲のリンパ球浸潤があるだけのような例では、筋病理学的にPMと診断されることはありません。
図2 多発筋炎
高齢者がかかる疾患で、多くの場合60歳以上で発症し、50歳以上で発症する筋炎では最も高頻度です。罹患筋分布が特徴的で、手指屈筋(深指屈筋)と大腿四頭筋が好んで侵されます。しばしばペットボトルの蓋を開けにくいという症状を呈します。病理学的には、多発筋炎と同じ所見に加えて、縁取り空胞(rimmed vacuole)を伴う筋線維の変性像が認められます。この所見は、本来は自己貪食空胞の集塊ですが、染色の際に一部が剥がれて白く抜け縁だけが残るために“縁取り空胞”に見えるものです。また筋細胞内にアルツハイマー病で脳に蓄積される蛋白質(TDP-43、アミロイドβ等)も蓄積しています。多発筋炎でみられる炎症所見に加えて変性像がある、これがIBMの特徴的な病理所見です。
<免疫介在性壊死性ミオパチー(immune-mediated necrotizing myopathy:iNMまたはIMNM)>亜急性の経過で筋力低下を来し、筋病理学的には筋線維の壊死・再生を主体とする自己免疫性の筋疾患です。iNM(IMNM)には自己抗体が関係していることが知られており、一番多いのが抗signal recognition particle(SRP)抗体、次に多いのが抗3-hydroxy-3-methylglutary-coenzyme A reductase(HMGCR)抗体です。
<抗合成酵素症候群(anti-synthetase syndrome:ASS)>
2014年のENMC分類で新たな病型として追加することが提唱されました4),5)。抗アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)抗体を有し、筋症状に加えて間質性肺炎、関節炎、レイノー現象、皮膚病変(機械工の手)などを来すのが特徴です。ARSはJo-1を含めた8 種類が知られていますが、これらの抗体が陽性の場合、全てASSあるいは抗ARS症候群と呼ばれます。筋病理では筋周鞘の浮腫性変化・断片化やアルカリフォスファターゼ活性の顕著な上昇に加えて、筋束周辺部に主に壊死・再生線維が分布する所見が特徴的です。
最近Jo-1抗体陽性例では特徴的な壊死性ミオパチーを示すという論文が報告されました6)。
皮膚筋炎においては線維束周囲性萎縮(perifascicular atrophy)という重要な診断的所見があり、筋束の端の筋線維が細くなります。実はJo-1抗体陽性例における所見も筋束の端の筋線維が細くなっているのですが、本質は壊死線維(perifascicular necrotizing myopathy)であり、皮膚筋炎の病理所見とは異なります。今後、新たな病型として追加される可能性があると考えられます。
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