Vol.3 急性期診療である麻酔と集中治療における研究
「高度な全身管理に携わりたい」「麻酔科や集中治療に興味がある」「医師としてのキャリアを迷っている」そんな先生方に向けて、今回は麻酔科医であり集中治療医にとっての研究について伺いました。臨床から日々研究テーマが生まれ、研究が臨床の質を高めながらより良い医療を追求する日々について、前編・後編の2回に分けてお届けします。
取材・監修
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(麻酔科集中治療医・患者・
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前編 麻酔のOutcomeは集中治療で顕在化する;周術期急性期診療における臨床研究
前編では、集中治療に携わる麻酔科医にとっての臨床と研究の関係や相互作用について、参加者の先生方の研究を例に、麻酔科・集中治療科ならではの広くて深い研究の世界について語っていただきました。
【Case1 小児の心臓をめぐる研究】
~どうすればこの子はより長く、より良く生きられるか
江木先生、甲斐先生には第1回でお伺いしましたが、木村先生はどうして麻酔科医・集中治療科医になられたのでしょうか。
木村先生
もともとは総合診療医を目指していたんです。山奥の診療所で、おじいちゃんやおばあちゃんに聴診器をあてながら地域医療に従事したい、そんな思いがありました。研修先もそういう医療を担う病院を考えていたんですが、実際に最初に研修を始めたのは急性期の病院でした。
本当は慢性期医療をやりたいと思っていたんですけど、医師になる直前にふと、「もし目の前に死にそうな患者さんがいたら、自分は何もできないままでいいのか」と思ったんです。「できるのにやらない」と「できないからやらない」は全然違う。慢性期を担う医師としても、いざという時には人を救える力が必要なんじゃないかと考えました。
だからこそ、まずは急性期の現場で経験を積んで、最低限人を救える力を身につけた上で、その上で「この患者さんには、やらない方が幸せかもしれない」と判断できる医師になりたい。そんな思いから、急性期の病院を選び、三次救急なども経験しました。
最初にローテーションで回ったのが麻酔科だったんですが、まさに急性期の中の急性期でした。その後、集中治療にも関わるようになり、気づけば麻酔科医となって集中治療を行い、小児心臓にも関わるようになっていく――気づいたらどんどん急性期医療の「コア」な部分にのめり込んでいたという感じです。
「魅力に取り憑かれた」とのことですが、先生にとってその魅力とは何だったのでしょうか?
木村先生 「かっこよかったから」だと思います。学生の頃や研修医の頃は、深い理由なんてあまりなくて。ただ、若手もベテランも関係なく、「これは麻酔科じゃないとできない」という場面がたくさんあって、それがすごく印象に残りました。「この人たち、かっこいいな」と。
「麻酔科にしかできないこと」として、特に印象深いものはありますか?
木村先生
たとえば、おそらく世界中で一番点滴ラインを確保するのが上手なのは麻酔科医じゃないかと思うんです。誰にもとれないようなラインでも、麻酔科医ならできる。気管挿管やCV、Aラインもそうですが、他の多くの医療職にも許可されていることであっても、麻酔科医の技術の正確さ、確実性は頭一つ抜けていると思います。
私自身、小児心臓の分野にも関わっていますが、そこでいつも感じるのは、「どれだけ研究でエビデンスを積み重ねても、目の前の患者さんのラインが確保できなければ助けられない」という現実です。そこができるかどうかが生死を分ける場面が確かにあります。
もちろん、循環管理や呼吸管理、栄養の知識なども麻酔科医の強みですが、私が一番惹かれているのはそういった「目の前の命を支えるための手技」が高いレベルで求められるという点です。とても実践的で、極めてリアルな強みだと感じています。
先生方の研究テーマを教えていただけますでしょうか。
木村先生
私の研究テーマは、正直すごく広いんですよ。臨床の中で「なんでだろう」と思ったことをひたすら調べているので、どこに焦点をあてるかを決めるのが難しいところです。ただ、あえて言うなら、私の臨床のスペシャリティは小児の心臓疾患です。
20〜30年前までは9割が亡くなっていたような先天性心疾患が、今では9割が生き残る時代になりました。でも、その子たちが20歳、30歳になると、やはり亡くなってしまうケースもある。そういう「生き延びた先」の世界に私は身を置いています。
非常にシビアな現場ですね。
木村先生
はい。毎日、命の瀬戸際にあるような子どもたちを診ている中で、私が特に注目しているのは「循環」です。
具体的には、「心臓から体の各臓器にどれだけ血液と酸素を送れているか」。小児の心臓は、部屋が1つしかなかったり2つしかなかったりというケースも多く、そういう複雑な解剖の中で、いかに酸素の「供給」と「需要」のバランスを取るかが非常に重要になります。
酸素の供給量を増やすにはどうしたらいいか、消費量を減らすにはどうすればいいか。この視点から、私はいろんなテーマで研究を行っています。
例えば、心臓の収縮力を高めるためにどういうカテコラミン(心血管作動薬)を使えばいいのか、逆に酸素消費量を減らすためには筋弛緩薬を使った方がいいのか、体温を下げることでエネルギー消費を抑えられるのか――そういった視点です。
発熱や頻脈だけでも酸素消費はぐっと増えますから、それをどう抑えるかというのも大きなテーマになります。
それらの研究の軸となっているのが、小児の循環というわけですね。
木村先生
特に、構造的に問題のある小さな心臓で、どうすれば適切な酸素の供給と需要のバランスが取れるかということを考えています。
結局、どうすればこの子はより長く、より良く生きていけるのか。それを突き詰めて考えていくと、研究テーマも自然と広がっていくんです。
研究と臨床がまさに直結しているのですね。
木村先生
私にとっての研究は、日々の臨床の延長線上にあって、「わからないことを調べる」というところから始まっています。ですので、明確なテーマがあるというより、「気になったことを掘り下げていくと、こうなった」というスタイルです。
これが私にとっては一番しっくりくる研究の形ですね。
【Case2 冬眠における廃用予防を研究】
~冬眠しても筋肉が衰えない理由が解明できれば高齢者医療にも応用できる
甲斐先生のご研究テーマについても教えていただけますか。
甲斐先生
私はどちらかというと基礎研究の分野を中心に取り組んでいます。麻酔科や集中治療の領域においては、いま基礎研究をする人がだいぶ少なくなってきていて、もっと増えてほしいなと思っているところです。
私自身がなぜ基礎研究を始めたかというと、メカニズムに対する興味が大きかったからです。何か一つの現象に対して、「なぜそうなるのか」を突き詰めていくことに魅力を感じていましたし、もう一つは、自分一人でコツコツと手を動かして結果を生み出せるという、その過程そのものに魅力を感じたんです。
大学に入ってからは、ずっと基礎研究を続けています。これまで、低酸素を含め、一酸化窒素や硫化水素などガス状分子が生体内でどんな役割を果たしているかをテーマに研究を続けてきました。また、少し集中治療や周術期医療と少し離れていますが、「冬眠」については興味を持っています。
冬眠、ですか?
甲斐先生
はい。冬眠する動物ってたくさんいますよね。リスやクマのように。彼らは冬のあいだ、何ヶ月もまったく動かずに過ごしているにもかかわらず、春になると普通に狩りに出たり活動を再開できる。つまり、身体の機能が保たれているんです。人間だったら半年寝ていたらかなりリハビリが必要になります。
実際、冬眠する動物の多くは長寿で、代謝のコントロールにも非常に優れています。こうした生理的なメカニズムが人間にも応用できれば、医療のあり方も大きく変わるだろうと考えています。外から見ると麻酔中と同じように見えますが、実は色々違いがあります。
私が大学院修了後に留学したのも、このテーマをさらに突き詰めたいと思ったからです。
現在は冬眠のどのような点に着目して研究されているのでしょうか?
甲斐先生
いま取り組んでいるのは筋肉の機能維持、つまり「廃用予防」です。
例えばクマのような大型動物が冬のあいだ何ヶ月も動かずにいるのに、筋肉がやせ細ることなく、春には普通に動き出せる。これって、ものすごいことなんです。
人間が半年も寝たきりで過ごせば、確実に筋萎縮が進んで寝たきりのままになってしまう。でも冬眠する動物はそうはならない。この「動かないのに筋肉が保たれる仕組み」を解明できれば、高齢者医療や宇宙飛行士の長期滞在のサポートなどにも大きな応用ができるはずです。
今はそのあたりの筋肉の代謝や維持機構について、冬眠動物の生理からヒントを得ながら研究しているところです。
【Case3 現場の違和感から始まる研究】
~臨床の常識を疑ったら研究で検証する。だから研究テーマは尽きない
江木先生の研究テーマをお伺いできますか。
江木先生
僕自身は、正直なところ、研究にはあまり興味がありませんでした。ただ、臨床能力の高い人たちを見ていると、皆さん自然と研究もされていたんですよね。それで「もしかしたら自分もやらなきゃいけないのかな」と思うようになって、留学を機に、研究を始めてみることにしました。
やってみると、そこで何度も経験したのが、「常識だと思っていたことが、実は非常識だった」という瞬間です。
例えば血糖値の研究。重症患者さんは状態が悪くなると血糖値が上がる。血糖値が高いと予後が悪くなる。だから血糖値を下げた方がいい。そういう理屈が診療に変化を生じさせていました。
でも僕は、そこにすごく違和感を持っていたんです。だって、状態が悪くなると血糖値が上がるからといって、「血糖値を下げれば予後が良くなる」とは限らない。そこには明確な因果関係はないはずなのに、みんな当然のように「下げよう」と言っている。それはおかしいんじゃないかと。
こうした“因果の飛躍”が、現場では頻繁に起きているんですよね。例えば、病棟で肺炎の患者さんが発熱したとき、「熱があるのは良くないから解熱剤を出してくれ」と言われる。でも、解熱剤を使うと副作用として血圧が下がる。すると今度は血圧を上げるために対応する。「僕は一体何をしてるんだろう」と思ったこともありました。
感染症で熱が出ているというのは、患者さんの体が感染症と戦っている証拠なのに、体温を無理に下げようとする。これも因果推論の誤りです。
僕たちは、目の前にある“悪そうに見えるもの”をつい犯人にしてしまう。交通事故が起きた時、そこに立っていた人が「お前が悪い」と言われるように、見えるものに責任を押し付けてしまう。そういう誤った理解が、現場で多く見られるんです。
だからこそ、そうした混乱を整理し直すには、ちゃんと調べるしかない。研究を通じて、「それは本当に正しいのか」を確かめることが必要だと思いました。
現場での疑問や違和感から研究が始まったのですね。
江木先生
そうです。僕の研究は、ほとんどが日常の臨床の中にある「当たり前すぎて誰も疑わないこと」への違和感から始まっています。
だから、研究を始めた当初は、「そんな地味なテーマ、面白くない」とよく言われました。でも5年ぐらい経つと、「あれ、これ結構面白いね」って言われるようになってくる。そういうものだと思っています。
僕の場合は「現場に対する苛立ち」みたいなものが原動力になっている部分もあるんです。だからこそ、臨床現場を変えられるような研究がしたい。
決して簡単なことではありませんが、自分の中で「ここをなんとかしたい」と強く思えるテーマを選ぶことで、最終的に臨床にインパクトを与える研究につながっている気がします。
やはり集中治療や麻酔といった臨床現場にいるからこそ、そうしたことに気づけるということですね。
江木先生
はい、現場にいるからこそ新しい疑問が生まれるし、現場にいなくなったら、たぶん僕は研究のテーマを失ってしまうんだと思います。
日々の臨床で、「あれ、おかしいな」「これって本当に正しいのかな」と思いながら生活している。それをたまたま調べてみたら、誰も調べていなかった――じゃあ、自分でやるしかない。それが僕の研究スタイルなんです。
だから、テーマは尽きることがないので、今ある疑問を全部調べようとしても、僕の手や頭ではとても追いつかない。でも、それでもやっていくしかない。そう思っています。
審J2504042

