Vol.2 もしも麻酔科医が集中治療を行ったら;その臨床現場にフォーカスする
「高度な全身管理に携わりたい」「様々な患者さんを診療したい」「チーム医療をマネジメントしたい」そんな医師としてのキャリアに想いを抱く先生方に向けて、今回は麻酔科医が集中治療の現場で活躍する魅力をお伝えします。現場で働く麻酔科医の強み、集中治療を通して得られる学び、そして多職種との連携や良好な関係性を築く方法を、前編・後編の2回に分けてお届けします。
取材・監修
後編 手術室も集中治療室も病院中央部門!多職種連携で実現するチーム医療
多職種との連携が、患者さんの救命、ひいてはチーム全体の成果に直結する集中治療室。後編では、中央診療部門で活躍する麻酔科医の強みについて、特に各科・多職種との連携に焦点を当て、お話しを伺いました。
【中央診療部門で診療するということ】
~麻酔科医・集中治療医だからこそ味わえるチーム医療の醍醐味
中央診療部門としてのやりがいやむずかしさを教えてください。
橋本先生
やっていてよかった、と感じるのは、職種を超えた連携がうまく機能したときです。
たとえば、心臓外科の術後の患者さんが大量出血を起こし、緊急で再手術が必要になったことがありました。手術室とICUは物理的には近くても、周術期の看護師とICUの看護師は普段あまり接点がなく、連携がスムーズとは言えない場面もあるのですが、そんな時こそ麻酔科が調整役として間に入ります。
そのときも、我々が「すぐに再手術が必要だ」と判断して迅速に動き、手術室側にお願いをすると、「今も緊急手術が立て込んでいて人手が足りないけれど、先生が言うなら」と対応してくれました。一方ICU側では、看護師が普段の役割を超えてベッドの移動や準備を手伝い、若手の医師や看護師もポンピングや機器の立ち上げをサポート。臨床工学技士も人工心肺の準備を協力的に進めてくれました。こうした各職種の動きが噛み合ったことで、迅速に再手術が行え、患者さんも良い経過をたどることができました。
このように、チームが一体となって動いたときの達成感は、オーガナイザーとして本当にやりがいを感じる瞬間です。
一方で、中央部門ならではの難しさもあります。
たとえば、ICUや手術室に患者さんが移ると、普段病棟で診ていた主治医が急に足を運ばなくなってしまうことがあります。その結果、治療方針をすり合わせるためのディスカッションができなくなり、我々の側からわざわざ電話して、「こういう治療を考えていますが、どうでしょうか?」と伺わなければならないことも少なくありません。こうしたやりとりは、日常的にストレスのかかる部分です。
甲斐先生
京都大学医学部附属病院はここ数年、移転やシステム変更、コロナ禍など、大きな変化がありました。変化に伴って「今までこうだったのに、なぜ変えなければいけないのか」という声も出てきます。それに対して現状を共有し、より良い方向に向かうための説明をしながら、皆で同じ方向を向いていくのは時間も労力もかかります。
私はICUの現場を仕切っていたこともあり、ルールを作ったり変更したりする役割も担っていました。集中治療に限らず中央診療部門では、中心となる医師が「こうしていきましょう」と号令を出すことが、うまくいく秘訣ではないかと思っています。
【中央診療部門で働く麻酔科医の強みとは】
~患者を助けるチームを作ることが麻酔科医の成長につながる
麻酔科医が中央診療部門で働くためには、お二人のようなリーダーシップが備わっている必要があるのでしょうか。
江木先生
集中治療は、まさに診療と診療の交差点です。いろんな診療科が、自分たちの視点から治療を進めようとするなかで、交通整理をしなければいけない。放っておくとぶつかってしまいます。
その中でうまくバランスをとりながら、「この臓器の治療はいいけれど、全体としてはどうか?」という視点を持って調整する。それには、ものすごく丁寧なコミュニケーションが必要です。
橋本先生や甲斐先生は、そうしたマネジメント能力が本当に卓越されていて、現場でのリーダーシップが素晴らしいと思っています。でも、それは最初から持っていたわけではなく、麻酔や集中治療の現場で磨かれてきた能力なんですよね。
医者として、「自分が患者を助けたい」と思ってこの道に進んだ人も、麻酔や集中治療の現場で経験を積むうちに、「自分ひとりでは助けられない。でもチームの力があれば助けられる」という実感を持つようになる。
チームで何かを成し遂げるというのは、一人でやるよりはるかに大きな仕事ができる分、エネルギーもはるかに必要ですが、自分が前に出るのではなく、関わった全員が「自分が助けたんだ」と思えるように引っ張っていくのが集中治療の場における麻酔科医だと思います。フラストレーションもあると思いますし、喜びと難しさは表裏一体の関係にありますが、だからこそやりがいも成長もあるのでしょう。
中央診療部門で活躍する麻酔科医にはどんな資質が求められますか?
橋本先生
極端に言えば、ICUのモニターのアラーム音が好きな人、つまり「ピコーン」という音に反応してすぐ動きたくなるような人は、きっとこの仕事に向いていると思います。ICUでは常に何かしらのアラートが鳴っていて、目まぐるしく状況が変わります。そういった環境に順応できるかどうかは、1つの適性かもしれません。
もう一つのポイントは「時間軸」の違いです。医療の中でも、診療科ごとに時間軸は大きく異なります。たとえば、精神科は月単位で患者さんと関わる診療が中心です。一方で、麻酔科は分や秒といった単位で、術中の急変に即時対応するような世界。集中治療はその中間で、数時間から数日単位の管理が基本ですが、時に秒単位での判断や処置が求められることもあります。そうした短い時間軸の中で緊張感を持って働くのが苦ではない、むしろやりがいを感じられる人には非常に適したフィールドです。
甲斐先生
麻酔科のキャリアの初期は、1人の患者さんに麻酔をかけるという「個」の作業が中心で、いわば職人のように自己完結した仕事の要素も大きいんです。でも、キャリアが進んでいくと、今度は手術室全体をどう回すか、あるいはICUで複数の患者さんをどう優先順位をつけて管理していくかといった「全体最適」を考えるマネジメントの比重が高くなってきます。
そのときに重要なのは、自分視点ではなく「全体がうまくいくためにはどうするべきか」を考える思考です。チームの中で誰かが困っているとき、それが患者さんの回復にどう影響するか、自分に何ができるかを即座に判断して動けること。そういった視点で物事を捉えることが求められます。
もともとそういう発想が得意な人もいるかもしれませんが、私自身の経験から言っても、そうした能力は多くの場合、現場でトラブルや混乱を経験するなかで自然と鍛えられていくものだと思います。「誰かがやらなきゃいけない」と思った時に、自分が一歩踏み出す。その繰り返しで少しずつ視野が広がり、役割も大きくなっていく。なので、向き不向きというよりは、やはり鍛錬の結果として育っていくものではないかと思います。
江木先生
大事なのは、「患者に興味があるかどうか」。つまり、お役に立ちたいという気持ちがあるかです。
僕自身の話をすると、血を見ると気分が悪くなるタイプで、学生時代も手術室に行くとフラフラしてしまって、正直、自分が将来、手術室で平然と患者さんを診ているなんて想像もしていませんでした。でも、目の前で命が危うい患者さんを見た時、不思議と恐怖や不安は湧かず、「なんとかしてあげたい」と思えるようになったんですね。
こういった変化は、仕事としての責任や情熱があれば誰でも起こり得ると思っています。トレーニングによって克服できることも多く、最初は苦手でもやっていく中でできるようになる。
たとえば「ICUで患者さんを助けられたらかっこいいな」と思えるだけでも、十分に入り口になります。そんな感覚を持てる人なら、集中治療という領域に向いていると思います。
【各科・多職種との連携の重要性と関係構築法】
~専門家としてのリスペクトと丁寧なコミュニケーションが可能性を広げる
多職種との連携を行う上でどんなことを大切にされていますか?
橋本先生
僕自身は「人に頼る」ことを大事にしていて、薬剤の選択であれ栄養の管理であれ、迷ったらすぐに専門職に聞くようにしています。
京都大学医学部附属病院のICUでは毎朝、リハビリのカンファレンスがあり、集中治療医・看護師・理学療法士・作業療法士などが集まって、当日のリハビリ方針を話し合います。僕はこの会をとても重要視してきました。集中治療の予後を決定づけるのは、最終的にリハビリが成功するかどうかにかかっていますから。
また、栄養士さんや薬剤師さんにも日々カンファレンスに参加してもらい、たとえば薬の投与量については「これで合ってますか?」と確認したり、栄養については「この栄養剤ってこの患者に合いますかね?」と尋ねたりします。こういった日常のディスカッションを重ねていくことで、自然と信頼関係が生まれ、連携がしやすくなっていきます。
甲斐先生
以前はICUの医師がほとんどおらず、自分と研修医数名で何とかまわしていた時期もありました。そういった状況では、コメディカルの方々の力なしでは診療は成り立ちませんでした。
その経験から、まず病院全体としてコメディカルの人たちがICUで業務を担える体制を作る必要がありました。たとえば、薬剤師が病棟で活動できるようになるためには栄養加算やリハビリ加算など、病院との連携が不可欠なんです。そうして場を整えることで、薬剤師さんや栄養士さんたちがICUでより積極的に関わってくれるようになりました。
橋本先生
もう一つ大切にしているのは、主診療科とのやりとりです。
集中治療では、患者さんの元の病気を診ている診療科との連携が重要です。たとえば、輸液管理ひとつをとっても、「利尿薬を使ってもいいですか?」「この便秘薬は使っても大丈夫ですか?」といった細かい確認を欠かさず行っています。こうした積み重ねが信頼関係につながると思っています。
意見の対立が生じたり、方針がぶつかったりした時にはどうしていますか?
橋本先生
もちろん、主診療科との間で意見が対立することはあります。むしろ、それがあるからこそディスカッションを通じて理解が深まり、より良い治療方針にたどり着けると感じています。
たとえば「輸液を増やすか、絞るか」というのは典型的なコンフリクトの一つです。私たちの立場では「呼吸状態が悪いので利尿薬で水分を抜きたい」と考える一方で、主治医は「循環が悪いのでまだしっかりボリュームを保ちたい」と主張されることもあります。そのときは、それぞれの立場や治療意図を丁寧に共有して、折り合いを見つけていくようにしています。
江木先生
僕がフロントラインにいた頃に気をつけていたのは、「職種の壁をつくらないこと」でした。看護師さん、薬剤師さん、理学療法士さんや作業療法士さん、栄養士さん――それぞれが専門職です。その専門性に敬意を持って意見を聞く。上下関係ではなく、あくまでプロ同士のフラットな関係を築くことが、信頼を得る上で非常に重要だと思っています。
あと、コンフリクトは一生続くわけではないんです。丁寧に相談し、丁寧に情報提供していると、そのうち相手の許容範囲がわかってきます。すると「こういう状況になったら先生の判断におかませします」と言ってもらえるようになる。そうやって診療の自由度も高まっていくんです。
集中治療のような中央診療部門は、数値で評価されることが少ない分、結局は「誰が信頼されているか」が問われる現場です。誰が声をかけられて、誰が相談されるか。それが自然と見えてくるのがこの領域であり、だからこそ1人ひとりが成長し続けるしかないと思います。
中央診療部門は人間力を高め、人間力で仕事する場所とも言えるのですね。
橋本先生
もし今、集中治療に進むかどうか迷っている若手の先生がいたら、僕はぜひ一度、経験してみてほしいと思います。
麻酔科医として手術室での麻酔を行っていると、手術が終わった時点で自分の仕事も終わってしまいます。でも集中治療室では、患者さんの回復過程に深く関わることができ、より「人を助けている」という実感を得られます。
麻酔だけでは得られない経験があり、医師としての幅も確実に広がります。人を助けるという医師の原点に立ち返るような実感を得られる場所。それが集中治療室だと思います。
審J2504024

