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タイパ時代の論文読解術-Vol.5-

第5回は、リアルワールドデータ研究の具体例として、本シリーズの第2回でも紹介した日本のDPCデータを用いた論文を取り上げます。

試してみよう-ビッグデータを読み解く 前編 ~DPCデータを用いた「アンチトロンビン製剤」に関する研究を題材に~

第5回は、リアルワールドデータ研究の具体例として、本シリーズの第2回でも紹介した日本のDPCデータを用いた論文を取り上げます。題材は、アンチトロンビン製剤の補充療法が腹部由来の敗血症性DIC患者の予後に与える影響を検討した研究です。実際の論文を手に取り、研究背景から方法・結果・考察までをどのように読み進めればよいのかを、具体的に解説していきます。

監修 東京慈恵会医科大学 救急災害医学講座 教授 田上 隆 先生

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【所属】東京慈恵会医科大学 救急災害医学講座 危機管理・救命分野 教授

【学位】医学博士(2011年 日本医科大学)
公衆衛生学修士(2015年 東京大学)

【研究分野】情報通信 / 生命、健康、医療情報学
ライフサイエンス / 衛生学、公衆衛生学分野:実験系を含まない / データベース、リアルワールドデータの活用
ライフサイエンス / 救急医学 / 心停止、外傷、敗血症、DIC

1.研究背景と目的を素早くつかむ

論文を読み始めるときに、まず目に入るのはタイトルとアブストラクト(要約、サマリー)です。この2つを上手に読むことで、「この研究は何を調べているのか」「どんな意味があるのか」を短時間でつかむことができます。

今回の題材は、日本のDPCデータを使って、アンチトロンビン(AT)製剤の補充療法が、腹部由来の敗血症性DIC患者の死亡率にどんな影響を与えるかを調べた研究です。

タイトルを読むだけで、研究のテーマがはっきり見えてきます。「アンチトロンビン補充療法」「腹部敗血症」といったキーワードが入っており、研究の対象と介入内容が一目で分かります。つまり、この時点で研究の「問い」の方向性が整理されているのです。

次にアブストラクト(サマリー)を見てみましょう。この論文のアブストラクトは非構造化タイプで、背景・方法・結果・結論が1つの段落にまとめられています。最近は「背景」「方法」「結果」「結論」と小見出しで分かれているものが多いので、少し読みづらく感じるかもしれません。ただし、読むときのコツはあります。冒頭の1〜2文が背景、その後に方法、次に結果、最後の1〜2文が結論、と意識すると理解しやすくなります。

背景部分では、敗血症性DICにおけるアンチトロンビン補充療法の有効性は注目されているものの、大規模なデータでの検討が不十分であることが書かれています。特に「腹部由来の敗血症患者」という限定した集団での研究が少ない点が、この論文の問題意識です。

方法の部分には、2010〜2013年のDPCデータベースを使った後ろ向き観察研究であること、腸管穿孔で緊急開腹術を受け、人工呼吸管理をされているDIC患者を対象にしたことが書かれています。この段階で「どんな患者さんを調べているのか」がかなり具体的にわかります。

結果では、傾向スコアマッチングを行ったあと、アンチトロンビン製剤を投与された群の28日死亡率が有意に低かった(27.6% vs 19.9%、オッズ比0.65、95%信頼区間0.49-0.87)と示されています。これは論文のメインメッセージを象徴する数字で、「この研究はアンチトロンビン製剤の有効性を示唆している」と短時間で理解できます。

最後の結論部分には、「アンチトロンビン補充療法は腹部由来の敗血症性DIC患者の28日死亡率低下と関連していた」とまとめられています。ただし、これは観察研究で得られた「関連」であって、因果関係を証明したわけではない点には注意が必要です。

このように、タイトルとアブストラクトを丁寧に読むだけで、研究の問い・対象・データ・結果・結論の方向性を把握することができます。背景や方法の細かい部分に入る前に、この段階で「自分にとって読む価値があるかどうか」を判断することが、タイパよく論文を読む第一歩になるのです。

2.方法・データセットの特性を読む

論文を読むとき、結果だけに注目してしまいがちですが、その前に「どんなデータを使い、どうやって解析したのか」をしっかり理解することが大切です。研究の信頼性や臨床への応用可能性は、この部分を読まなければ判断できません。

今回の研究では、日本のDPCデータベース(Diagnosis Procedure Combination)が使われています。DPCは急性期病院の診療報酬データをもとにした全国規模のデータで、入院患者の診断名、治療内容、処置、医薬品の使用状況などが含まれています。数十万〜数百万件という非常に大規模な患者データを解析できるのが特徴で、リアルワールドデータの代表例のひとつです。

【対象患者の選び方】
この研究では、
 ・2010〜2013年にDPCに登録された患者
 ・腸管穿孔で緊急開腹術を受けた患者
 ・人工呼吸を受けている患者
 ・DICの診断がついている患者
が対象となっています。これだけ条件を絞ることで、「腹部由来の敗血症性DICで重症度が高い患者」を選んでいることがわかります。
一方で、18歳未満の患者や、入院から2日以内に死亡した人は除外されています。これは、治療効果を評価する前に死亡してしまった症例を含めると、結果がゆがんでしまう可能性があるからです。

【介入の定義】
この研究での介入は「アンチトロンビン製剤を入院2日以内に投与されたかどうか」です。薬の投与タイミングを明確に定義しておかないと、「使った群」と「使わなかった群」の比較があいまいになってしまいます。そのため、投与の有無と時期をはっきり決めて解析しています。



【アウトカム(評価項目)】
主要なアウトカムは28日死亡率です。これは集中治療領域の研究でよく使われる指標で、短期的な予後を客観的に示すことができます。



【交絡因子への対処】
観察研究では、「治療を受けるかどうか」にさまざまな要因が影響します。たとえば「大学病院だから薬が使われやすい(その逆も)」「若いから重症でも投与されやすい(その逆も)」などです。こうした要因を交絡因子といいます。

そこで、この研究では傾向スコアマッチング(propensity score matching)という統計手法が使われています。これは「薬を使った患者」と「使わなかった患者」が、年齢や病院の種類、基礎疾患などでなるべく似た条件になるように調整する方法です。調整がうまくいけば、「両群の違いはアンチトロンビン製剤の有無だけ」という状況に近づけることができます。

このように、方法のパートを読むと、「どんな患者を対象にして」「どんな条件で群分けをして」「どういう統計手法で公平さを保っているか」が分かります。論文の信頼性を見極めるうえで、とても重要な部分です。

3.図表と統計結果の読み解き方

論文の本文をじっくり読むのは時間がかかりますが、図表を中心に読むと効率よく理解することができます。多くの著者は「ここを読んでほしい!」という結果を、表やグラフにまとめています。ですから、まずは図表をチェックするのがおすすめです。

1)患者の流れをつかむ:フローチャート(Figure 1)

今回の研究では、Figure 1患者選択の流れ(フローチャート)が示されています。

 ・最初にDPCデータに含まれる対象患者が何人いたか
 ・除外基準(年齢や早期死亡など)で何人外れたか
 ・最終的に解析対象になった人数

これを確認すると、「どんな患者が研究に入っているのか」が一目で分かります。

2)患者背景を確認:Table 1

次に見るべきはTable 1(患者背景の表)です。ここには年齢、性別、病院の種類(大学病院かどうか)、基礎疾患の有無などが示されています。

観察研究では、治療を受ける群と受けない群に偏りがあることが多いです。例えば「アンチトロンビン製剤は大学病院でよく使われるが、市中病院では少ない」といったことです。もし偏りが大きいと、薬の効果そのものではなく「病院の違い」によって結果が変わってしまう可能性があります。

この研究では傾向スコアマッチングを行った後に両群を比較し、偏りが小さくなっていることを示しています。差が「10%未満」になっていれば、調整は妥当だと考えられます。

3)結果をつかむ:Figure 2、Table 3

治療効果のメインの結果は、Figure 2やTable 3に示されています。

ここでは「アンチトロンビン製剤を使った群」と「使わなかった群」で、28日死亡率にどのような差があったのかが描かれています。

大切なのは、p値の有意差があるかどうかだけを追わないことです。

 ・差の大きさ(効果量)
 ・信頼区間の幅
 ・その差が臨床的に意味があるかどうか
を意識して読むと、単なる統計の差ではなく「現場で役立つ知見なのかどうか」が見えてきます。

(Vol.6に続く)


■今回サンプルとして引用した論文1)について

論文中の各薬剤の使用につきましては、電子化された添付文書をご参照ください。
「禁忌を含む注意事項情報」等につきましては、電子化された添付文書およびDIをご参照ください。

【タイトル】
下部消化管穿孔に対する緊急開腹術後に敗血症性DICを合併した患者におけるアンチトロンビン投与

【目的】
腸穿孔による緊急開腹術後に敗血症性DICを合併した患者に対しアンチトロンビン(AT)投与が死亡率を低下させるか否かを評価した。

【方法】
・対象:DPC*データベースより2010年7月1日~2013年3月31日の間に下部消化管穿孔による緊急開腹術後に敗血症性DICを発症し、人工呼吸器を装着している患者2,164例
・主要エンドポイント:全28日死亡率、群間の28日死亡率、AT投与と28日死亡率の関連、操作変数法により推定されたAT投与による28日死亡率の減少率
・副次的エンドポイント:入院中の死亡率 等
・解析方法:連続変数はt検定又はMann-WhitneyのU検定、カテゴリー変数はχ2検定またはFisherの正確検定を用いて比較した。また、傾向スコア分析としてPropensity-Matching法及びInverse Probability of Treatment Weighting(IPTW)法を用いた。傾向スコア分析を確認するために操作変数分析を実施した。AT投与と死亡率の関係はロジスティック回帰分析、AT投与群と非投与群の死亡率の差はCOX回帰分析を用いた。
*DPC:診断群分類に基づく1日当り定額報酬算定制度(DPC/PDPS)をDPCと表記

【リミテーション】
・無作為化をしていない後ろ向き観察研究であり、DICスコア、AT活性値、APACHEⅡスコアなどの未評価の交絡因子がバイアスになっている可能性があること。
・患者の正確な体液量の状態を判断することができないため十分な蘇生輸液が行われたか評価できないこと。
・本試験の結果は胆管炎、胆嚢炎及び膵炎などの他の原因によって腹部敗血症を発症した患者には一般に適用できないこと。
・DIC治療以外の様々な救急治療のためにヘパリンとナファモスタットメシル酸塩を使用した患者が含まれていること。

【主要エンドポイント】
・全28日死亡率:全28日死亡率は24.4%(528例/2,164例)であった。
・群間の28日死亡率:傾向スコアでマッチングしたグループ間、及びIPTW法を用いたグループ間では、28日死亡率に有意差が認められた。[(26.3%vs21.7%、差4.6%、95%CI 2.0-7.1)(27.6%vs19.9%、差7.7%、95%CI 2.5-12.9)]
・AT投与と28日死亡率の関連:ロジスティック回帰分析では傾向スコアでマッチングしたグループ間で、AT投与と28日死亡率の低下との間に有意な関連性がある事が示された。(オッズ比, 0.65;95%CI, 0.49-0.87)
・操作変数法により推定されたAT投与による28日死亡率の減少率:AT投与により28日死亡率は6.5%(95%CI, 0.05-13.0)減少すると推定された。

【副次的エンドポイント】
・入院中の死亡率:傾向スコアでマッチングしたグループ間及びIPTW法を用いたグループ間では、入院中の死亡率に有意差が認められた。[(37.3%vs30.9%、差6.4%、95%CI 0.6-12.1)(35.9%vs32.8%、差3.0%、95%CI 0.2-5.8)]

【安全性】
本論文中に安全性に関する記載はありませんでした。 安全性については、電子化された添付文書をご参照ください。

文献
1)T Tagami, et al. Thromb Haemost. 2015 Aug 31;114(3):537-45.

2025年11月作成
審J 2511211

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