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タイパ時代の論文読解術-Vol.4-

第4回は、近年急増しているリアルワールドデータを用いた論文に注目します。

リアルワールドデータとは?

第4回は、近年急増しているリアルワールドデータを用いた論文に注目します。データの特徴を理解し、信頼性を見極めるためのポイントを押さえることで、リアルワールドデータ論文をタイパ良く読むコツを解説していただきました。

監修 東京慈恵会医科大学 救急災害医学講座 教授 田上 隆 先生

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【所属】東京慈恵会医科大学 救急災害医学講座 危機管理・救命分野 教授

【学位】医学博士(2011年 日本医科大学)
公衆衛生学修士(2015年 東京大学)

【研究分野】情報通信 / 生命、健康、医療情報学
ライフサイエンス / 衛生学、公衆衛生学分野:実験系を含まない / データベース、リアルワールドデータの活用
ライフサイエンス / 救急医学 / 心停止、外傷、敗血症、DIC

リアルワールドデータ(RWD)の定義と種類

臨床研究の世界では、ランダム化比較試験(RCT)は一次研究のなかで最も内的妥当性が高く、バイアスを最小限に抑えて介入の因果効果を評価できる設計です。ランダム化(と割付の隠蔵)によって既知・未知の交絡が期待値として均衡化され、盲検化によって性能バイアスや測定バイアスが抑制されます。

RWDには、現実の診療で出会う多様な患者(高齢・併存疾患・併用薬を含む)をそのまま対象にできる点、長期かつ大規模な追跡がしやすい点、アドヒアランスや診療プロセス、資源利用といった実装(implementation)に近いアウトカムを評価できる点、さらにまれな有害事象や特定サブグループのシグナル検出に強みがあるという相対的な優位があります。

つまり、RCTとRWDのいずれかが「完全」というわけではありません。RWDは、交絡・選択・測定誤差などのバイアスを避けにくい側面があるため、設計上の工夫や統計的調整を前提に慎重に解釈する必要があります。

要するに、RCTは因果推論の厳密さ、RWDは実臨床への当てはまり(外的妥当性)という強みを持つ、相補的な関係にあります。研究の問いに応じて、どちらを用いるか、あるいはどのように組み合わせるかを見極めることが重要です。これを理解した上で、医学論文を読むようにしていきましょう。

代表的なリアルワールドデータには、次のようなものがあります。

・電子カルテ(診療記録、検査データ、処方情報など)
診療の過程で医師や看護師が入力する診療記録、検査データ、処方歴などが蓄積され、患者の経過を時系列で追跡できます(主として同一医療機関内。機関横断の追跡はID連結の可否に依存)。

・DPCデータ(Diagnosis Procedure Combination:包括払い制度で集められる診療報酬データ)
日本特有の包括払い制度に基づいて収集される診療報酬データで、入院患者の診断名、治療内容、費用情報が整然と整理されています。

・レセプトデータ(診療報酬明細書)
医療機関が保険者に請求する際に作成するデータで、診療行為や薬剤使用の詳細が網羅されています。

・健診・人間ドックデータ(自治体や企業健診の記録)
自治体や企業が実施する健診で得られるデータは、生活習慣病の予防研究や疫学的解析に活用されています。

これらのデータは、匿名化・仮名化など適切な個人情報保護措置のもとで構造化・標準化が進められ、研究者が安全かつ効率的に解析できるよう整備されています。リアルワールドデータは医療現場や社会のインフラに組み込まれた情報の宝庫であり、研究資源としての価値は年々高まっています。

臨床試験との違いとリアルワールドデータの価値

臨床試験、特にRCTは、因果効果をより明確に推定するために設計された「理想化された条件下」の研究です。対象は厳密に選ばれ、介入や評価も標準化されます。
一方、リアルワールドデータ(RWD)は、現実の診療で出会う多様な患者集団をそのまま対象にできる点に価値があります。高齢者や多疾患併存例など、RCTでは除外されがちなケースも含められるため、実臨床に即したエビデンスを得やすくなります。

ただし、その分、次のようなリスクが内在します。

・欠測値
診療行為が標準化されていないため、患者によって検査項目が異なったり、記録が抜け落ちたりすることがあります。

・交絡因子の偏り
たとえば、重症患者ほど積極的な治療を受けやすいといった背景要因が結果に影響を及ぼす可能性があります。

・選択バイアス
特定の施設や診療科に通院している患者だけがデータに含まれる場合、その結果を一般化することが難しくなります。

・測定誤差・誤分類(情報バイアス)
診断名・手技・薬剤コードの定義や妥当性に問題があると、曝露やアウトカムの誤分類が生じ得ます。

・時間関連バイアス
不死時間バイアスや時間依存交絡などにより、治療効果が過大/過小評価されることがあります。


このように、RWDは「現場を映す鏡」であるがゆえに魅力的ですが、解釈に際しては慎重さが必要です。論文を読むときにも、これらのリスクに注意しましょう。

リアルワールドデータの可能性と限界

リアルワールドデータ(RWD)研究の最大の強みは、大規模かつ長期の追跡が可能なことです(ただし、主として同一医療機関内での追跡であり、医療機関横断の追跡はID連結の可否に依存します)。何十万人規模の患者を対象に、数年間にわたる治療成績を把握できます。さらに、診療行為が自然に記録されるため、コストや倫理的負担が比較的少なく、大規模研究を持続的に行いやすいというメリットがあります。

しかし、RWDをRCTと同じように「因果推論」の根拠として用いるのは容易ではありません。しっかりとした解析が行われているかの確認が必須です。患者背景や治療選択は医師や施設によって大きく左右されるため、単純に治療群と非治療群を比較しただけでは正しい結論に到達できないことが多いからです。そのため研究者は、傾向スコア・マッチング、重み付け解析(IPTW)、操作変数法など、多様な統計的調整法を駆使して交絡因子の影響を制御しようと試みています。

読者が論文を読む際には、こうした調整がどのように行われているかに注目する必要があります。特にTable 1(患者背景)に示される群間比較は要チェックです。調整前に大きな差があった項目が、調整後にバランス(標準化差:SMD)が改善しているかを確認しましょう。一般にSMD≲0.1が一つの目安です。これを押さえるだけでも、その研究の信頼性を短時間で見極められます。

また、RWD研究の信頼性を判断するうえでは、次の点の確認も欠かせません。

・バリデーション:データの正確性や再現性が検証されているか。

・交絡調整の方法:傾向スコア(マッチング/重み付け〈IPTW〉/層別・調整)、限界構造モデル、操作変数法などの妥当性。

・頑健性評価:感度分析などにより結果の安定性が示されているか。異なる解析手法を試しても同じ傾向が再現されているか。

「PICO(PECO)」と「FINER」でリアルワールドデータをチェック

リアルワールドデータ(RWD)の論文を読むときは、臨床研究の問いを整理する枠組みであるPICO(介入研究)/PECO(曝露研究)と、研究計画のチェックリストであるFINERの視点を意識すると、内容を短時間で構造化できます。

・PICO/PECO(Population, Intervention/Exposure, Comparison, Outcome)

だれを対象にしたか(P)、どの介入(Intervention)/曝露(Exposure)か(I/E)、比較は何か(C)、評価アウトカムは何か(O)
をメモに落とすだけで、論文の骨格が一目でわかります。RWD研究では集団・曝露(介入)・アウトカムの定義や観察期間が曖昧になりやすいため、PICO/PECO(必要に応じてTime/Settingも:PICOT/PICOTS)に当てはめて整理するのが特に有効です。

・FINER(Feasible, Interesting, Novel, Ethical, Relevant)

本来は研究計画時のチェックリストですが、読者側にも応用可能です。
実行可能性(Feasible:データ量・追跡期間・欠測などが十分か)、臨床的関心(Interesting)、新規性(Novel)、倫理性(Ethical)、臨床的関連性(Relevant:自施設・自分の患者に当てはまるか)
を確認すると、結果をどの程度信頼し実臨床に活かすか判断しやすくなります。

PICO/PECOで論文の「設計図」を素早く把握し、FINERで「読む価値」を評価する。RWDでは、データ入手の容易さゆえに背景・仮説・目的が曖昧なまま進むことがあり得ますが、これらの枠組みに照らして内容を確認しながら読むことで、タイパよく質を見極められます。

今後の展望とリアルワールドデータを読み解くための視点

リアルワールドデータ(RWD)は今後、政策決定・医療経営・臨床判断の各レベルで重要な役割を担うと考えられます。さらに、AI/機械学習との融合により、患者ごとのリスク予測や個別化医療への応用が現実味を帯びています。同時に、透明性(事前登録・解析計画の公開、コード共有)やデータガバナンス(匿名化・仮名化、プライバシー保護)の整備も一層求められます。

一方で、医師・研究者には、RWDを用いた論文を読み解き、適切に活用するリテラシーがより求められます。まずは次の3点を意識しましょう。

1.データソースと定義
どのデータを使っているか(電子カルテ、DPC、レセプト等)、曝露・アウトカムのコード定義と妥当性、観察開始点(time zero)と観察期間、ID連結の可否。

2.設計と交絡調整・頑健性評価
新規使用者デザイン/アクティブコンパレータ、ターゲットトライアル・エミュレーションの観点があるか。傾向スコア(マッチング/重み付け〈IPTW〉/層別)や操作変数法などによる交絡調整が妥当か。Table 1 のバランスは SMD(標準化差)で確認(目安:SMD≲0.1)。さらに感度分析等で結果の頑健性が示されているか。

3.設計と交絡調整・頑健性評価
新規使用者デザイン/アクティブコンパレータ、ターゲットトライアル・エミュレーションの観点があるか。傾向スコア(マッチング/重み付け〈IPTW〉/層別)や操作変数法などによる交絡調整が妥当か。Table 1 のバランスは SMD(標準化差)で確認(目安:SMD≲0.1)。さらに感度分析等で結果の頑健性が示されているか。

この3点を押さえるだけでも、論文の価値を見極めるスピードは大きく向上します。

RWDは日常診療を映し出す鏡として、RCTでは捉えきれない患者像や実装上の効果を明らかにできますが、交絡やバイアスの影響を避けられないため解釈には常に注意が必要です。RCTの厳密さとRWDの外的妥当性は相補的であることを念頭に、データの特性を理解して、RWD論文をタイパよく評価し、日々の診療や研究に活かしていきましょう。


次回は、RWDを用いた実際の研究論文を用いて、「読む型」を体得するステップへと進みます。

(Vol.5へ続く)

参考資料
・『超入門! スラスラわかるリアルワールドデータで臨床研究 第1版』(康永 秀生、田上 隆、大野 幸子著/金芳堂2019/8/19)
・『超入門! スラスラわかるリアルワールドデータで臨床研究 第2版』(康永 秀生著/金芳堂 2025/1/23)

2025年10月作成
審J2510188



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