- 特集
Vol. 2 アルブミンと修正starling・血管透過性について
血漿タンパク質の主成分であるアルブミンは、近年の研究により、新たな側面や臨床的意義が次々と明らかになり、その応用範囲は着実に広がりを見せています。 Vol. 2ではアルブミンと修正starling・血管透過性について解説いただきました。


監修 浜松医科大学 麻酔・蘇生学講座 教授 中島芳樹 先生
所属学会
日本麻酔学会、日本臨床麻酔学会、日本集中治療医学会、日本蘇生学会、日本ペインクリニック学会
日本心臓血管麻酔学会 評議員、医学シミュレーション学会 理事、米国麻酔学会 (ASA)、ヨーロッパ麻酔学会 (ESA)
専門医・認定医
日本麻酔科学会指導医
※各製剤の使用にあたっては、電子化された添付文書をご参照ください
1. はじめに
血管内と血管外(間質)の体液平衡を適切に保つことは、循環動態を安定させ、臓器灌流を確保するために不可欠である。特に手術、外傷、敗血症などの重症患者では、血管内皮の透過性変化と体液シフトが生じやすく、適切な輸液管理が予後を左右する。
血管壁を介した水分移動理論は、starlingの法則で定義されている¹⁾。血管内外の静水圧差と膠質浸透圧差によって水分移動が行われ、血管内のアルブミン濃度が膠質浸透圧の主要因子とされてきた。しかし、近年の研究によりこのstarlingの法則が見直され、新たに「修正starling仮説」が提唱された²⁾。この新概念は、血管内皮に密生するグリコカリックスが透過性調節の中心的役割を果たすことを示し、輸液管理におけるアルブミン製剤の位置づけを再考する契機となった。
2. starlingの法則とその修正
2-1 従来のstarlingの法則
従来のstarlingの法則による毛細血管内外の体液移動に関する考え方を右図に示す¹⁾。この法則では、体液の移動は血管内外の4つの圧力のバランスによって制御される。毛細血管の静水圧(Pc)、間質の静水圧(Pi)、毛細血管内の血漿膠質浸透圧(Πc)、間質液の膠質浸透圧(Πi)、これらの圧力の差によって体液の移動量が決定されるということである。毛細血管の動脈側と静脈側で体液の移動が異なり、動脈側では高い静水圧により血液から組織へ水分が移動しやすく、静脈側では血漿の膠質浸透圧が優位になり、組織から血液へと水分が戻るという考えである。
図.従来のstarlingの法則

Jv/A = Lp{(Pc - Pi) - δ(Πc - Πi)}
Jv:正味の体液の移動(濾過流)、A:毛細血管濾過面積、Lp:毛細血管の透過性
δ:毛細血管の反発係数(0~1)、Pc:毛細血管の静水圧、Pi:間質の静水圧
Πc:毛細血管内の膠質浸透圧、Πi:間質液の膠質浸透圧
〈参考〉丹羽 琢哉ら. 血栓止血誌. 2023; 34: 628-632.をもとに改変
2-2 修正starling仮説とは
近年、血管内皮細胞の表面を覆うグリコカリックスの構造や機能が明らかになった。グリコカリックスは、糖タンパク質、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどからなる構造体で、血管透過性の調節に重要な役割を担っている³⁾。
新たな修正starling仮説の中心概念は、「血管内と血管外の境界は内皮細胞の表面ではなく、グリコカリックス層と血漿の間にある」という点にある。グリコカリックス層と血漿の間で、膠質浸透圧の差が生じている。従来説の「膠質浸透圧が主に静脈端で液体を吸収する」という考えも見直され、毛細血管の静脈端で水が再吸収されることはほとんどなく、血管外に漏出した水分は、リンパ管によって回収されることが示されている。
図. 修正starling仮説

Jv/A = Lp{(Pc - Pi) - δ(Πc - Πg)}
Jv:正味の体液の移動(濾過流)、A:毛細血管濾過面積、Lp:毛細血管の透過性、
δ:毛細血管の反発係数(0~1)Pc:毛細血管の静水圧、Pi:間質の静水圧
Πc:毛細血管内の膠質浸透圧、Πg:グリコカリックス直下の領域の膠質浸透圧
〈参考〉丹羽 琢哉ら. 血栓止血誌. 2023; 34: 628-632.をもとに改変
3. アルブミンと血管透過性の関係
3-1 アルブミンの膠質浸透圧維持作用
アルブミンは血管内の主要なタンパク質として、膠質浸透圧の維持作用を担っている。血管内と血管外の体液平衡は、毛細血管の静水圧と膠質浸透圧の差によって調整されており、このバランスが崩れると浮腫などの状態に陥る。アルブミン濃度が低下すると膠質浸透圧が減少し、血管内から間質への水分移動が促進することで、浮腫を引き起こす可能性が高まる。
3-2 アルブミンとグリコカリックスの相互作用
血管内皮表面に存在するグリコカリックスは、血漿タンパク質のアルブミンを保持しており、これらの間では相互作用が起こっている。アルブミンは、グリコカリックスの構造を維持し、酸化ストレスから守る保護作用を発揮する。また、正常なグリコカリックスは、アルブミンの血管外漏出を防ぎ、血管内の水分バランスを保つことで血管透過性を調節している⁴⁾。このようにして、アルブミンとグリコカリックスは密接に作用し合い、血管の恒常性を維持している。
3-3 病態におけるアルブミンの動態変化
敗血症、熱傷、外傷などの急性病態では、体内で強い炎症反応が起こり、TNF-α、IL-1β、IL-6などの炎症性サイトカインが大量に放出される。これらのサイトカインは血管内皮細胞に直接作用し、血管透過性を著しく亢進させる。この過程で、アルブミンが血管外へ容易に漏出するようになり、血管内のアルブミン濃度が低下する⁵⁾。また、炎症性サイトカインは肝臓にも作用し、アルブミンの産生を抑制する⁶⁾。このように炎症性サイトカインの作用を介して、血管透過性の亢進とアルブミン産生の抑制が同時に進行することで、アルブミン濃度の低下が生じ、さらなる病態の悪化につながる可能性がある。
4. 臨床応用と治療戦略
4-1 アルブミン補充療法の有用性と限界
低アルブミン血症に対するアルブミン製剤の投与適応は、一般に急性低タンパク血症で血清アルブミン値が3.0g/dL未満、慢性低タンパク血症では2.5g/dL未満を目安としているが、明確なエビデンスは不足している。現在の厚労省の血液製剤の使用指針では、単なる低アルブミン血症の補正を目的としたアルブミン投与は推奨されていない⁷⁾。
大量輸液を要する状況では、アルブミン製剤が血管内容積を維持するのに役立つ。膠質液であるアルブミン製剤は、血管内にアルブミンとして拡散した後に約40%が残存し⁸⁾、膠質浸透圧を維持する効果が期待できるため、晶質液の大量投与による血管外への水分シフトを抑制し、血管内容積を維持するのに寄与する。
4-2 修正starling仮説に基づいた輸液管理
修正starling仮説では、グリコカリックスの役割を重視することで、病態に応じた適切な輸液選択が可能となる。出血性ショック時には、毛細血管の静水圧の低下により、濾過流が減少し、グリコカリックス直下のアルブミン濃度は維持されるため、平衡膠質液(Balanced Colloid)の投与が効果的である。一方、敗血症などによる血管拡張時には、毛細血管の静水圧の上昇により濾過流が増大するため、輸液の反応性を見つつ、過剰輸液にも注意を払う必要がある⁹⁾。
グリコカリックスは炎症、虚血再灌流障害、高血糖により損傷すると、血管透過性が亢進し輸液の効果が変化する¹⁰⁾¹¹⁾。そのため、適切な血糖コントロールの維持や炎症の制御が重要となる。また、アルブミンはグリコカリックスの修復・安定化に関与するため、特定状況下でのアルブミン投与も考慮される。適切な輸液管理には、患者の病態、グリコカリックスの状態、循環動態の継続的評価が必要であり、輸液の種類・投与速度を病態に応じて調整することで、患者転帰の改善が期待できる。
4-3 アルブミン以外の血管透過性調節因子
アルブミン以外にも、血管透過性を調節する様々な因子が知られている。ステロイドは古典的な抗炎症薬として血管透過性亢進を抑制することで知られている。アンギオポエチン-1とその受容体Tie2系は、血管安定化に重要な役割を果たしている。敗血症などでは、アンギオポエチン-2の上昇によるTie2シグナルの抑制が血管透過性亢進に関与している¹²⁾。
その他、一酸化窒素(NO)、血管内皮増殖因子(VEGF)、スフィンゴシン1リン酸なども血管透過性調節に関与することが知られており、今後の治療標的となる可能性がある¹³⁾¹⁴⁾¹⁵⁾。
2025年6月掲載
審J2503413
【参考資料】
1)Starling EH. J Physiol. 1896; 19: 312-326.
2)Zhang X, et al. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2006; 291: H2950-2964.
3)Reitsma S, et al. Pflugers Arch. 2007; 454: 345-359.
4)Aldecoa C, et al. Ann Intensive Care. 2020; 10: 85.
5)Artigas A, et al. J Crit Care. 2016; 33: 62-70.
6)Castell JV, et al. FEBS Lett. 1989; 242: 237-239.
7)アルブミン製剤の適正使用(血液製剤の使用指針 厚生労働省医薬・生活衛生局:平成31年3月)
8)野﨑 昭人ら. 日本輸血細胞治療学会誌. 2024; 70: 406-430.
9)多田羅 恒雄. 循環制御. 2014; 35: 209-218.
10)Abassi Z, et al. Am J Pathol. 2020; 190: 752-767.
11)Zuurbier CJ, et al. J Appl Physiol. 2005; 99: 1471-1476.
12)Leligdowicz A, et al. Front Immunol. 2018; 9: 838.
13)Soejima K, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2001; 163: 745-752.
14)Fava RA, et al. J Exp Med. 1994; 180: 341-346.
15)多久和 陽. 生化学. 2018; 90: 565‒573.