Web講演会記録集 肝移植における抗体関連型拒絶反応の治療 前編


座長
浜松ろうさい病院 院長 江川 裕人 先生
▶プロフィールを見る
【資格】 日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会 指導医・専門医、肝胆膵外科学会特別会員、高度技能指導医、日本肝移植学会名誉会員、日本肝臓学会専門医 日本移植学会認定医、名誉会員
【学会役職】日本移植学会: 理事長(2016~2024年)、日本膵・膵島移植学会:理事、日本臓器保存生物医学会:理事 、The Transplantation Society (TTS, 国際移植学会): Council(1016-2020)、Science committee、Data Harmonization committee International Liver Transplant Society (ILTS, 国際肝移植学会): Council(1016-2021)、Educational committee Asian Transplantation Society:Council, Educational committee Chair International study group of Living Donor Liver Transplantation:President(2023年11月まで)
【所属国際学会】 米国移植学会、米国肝臓病学会、欧州移植学会、国際移植学会、国際肝移植学会、 国際肝癌研究会、国際肝胆膵外科学会、アジア移植学会、国際生体肝移植研究会

講演1:肝移植後の抗体関連型拒絶反応に対するIVIg療法の有効性と安全性~全国調査の結果報告~
演者
京都大学医学部附属病院 肝胆膵・移植外科/小児外科 准教授 伊藤 孝司 先生
▶プロフィールを見る
【資格】大阪公立大学医学博士、日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医・指導医、消化器がん外科治療認定医、日本肝臓学会専門医、日本肝胆膵外科学会評議員・高度技能専門医、日本移植学会 移植認定医
【所属学会】日本外科学会、日本消化器外科学会、日本肝胆膵外科学会、日本消化器病学会、日本肝臓学会、日本移植学会、日本内視鏡外科学会、日本癌治療学会、日本外科系連合学会、日本臨床外科学会、日本肝癌研究会、国際肝胆膵外科学会、国際移植学会、国際肝移植学会、国際生体肝移植学会

講演2:肝移植における抗体関連型拒絶の予防と治療-当院での経験から
演者
東京大学医学部附属病院 肝胆膵外科 人工臓器・移植外科 准教授 赤松 延久 先生
▶プロフィールを見る
【資格】日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、消化器がん外科治療認定医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医、日本移植学会移植認定医、日本肝臓学会専門医、難病指定医
【学会活動】日本消化器外科学会評議員、日本肝胆膵外科学会評議員、日本肝移植学会幹事、医療安全委員、学術・教育委員、国際委員、日本移植学会広報委員、広報委員会委員、日本移植学会 医療標準化・移植関連検査委員、日本移植学会 トランスレーショナルリサーチ委員、Fellow of American College of Surgeons (FACS) International Living Donor Liver Transplantation Study Group Council
(2025年6月当時のご所属)
※各製剤の使用にあたっては、電子化された添付文書をご参照ください
<座長挨拶>
長年にわたりライフワークとして血液型不適合移植に取り組んできたなか、不適合移植ではないにもかかわらず移植後に死亡してしまう症例が存在した1)。幸いなことにSingle Antigenを用いた検査の普及により、こうした死亡が抗HLA抗体によるものであることが明らかになった2)。加えて病理による特徴的な所見が明らかとなり3)、抗体関連型拒絶反応(AMR)に関する知見の蓄積により診断や治療が進歩してきた4)。2015年に日本移植学会が掲げた「全臓器におけるAMRの克服」という目標のもと、この10年で抗HLA抗体検査やAMR治療におけるリツキシマブと免疫グロブリン製剤の使用が保険収載されたことも感慨深い。今回は、京都大学附属病院の伊藤孝司先生及び東京大学医学部附属病院の赤松延久先生に、新たな知見をご紹介いただく。
講演1
肝移植後の抗体関連型拒絶反応に対するIVIg療法の有効性と安全性~全国調査の結果報告~
京都大学附属病院 肝胆膵・移植外科/小児外科 准教授 伊藤 孝司 先生
我々は、肝移植後のAMRに対する免疫グロブリン静注(IVIg)療法の有効性及び安全性に関する全国調査を実施した5)。これらの調査結果をふまえ、2024年9月に献血ヴェノグロブリンIH10%静注に対して、臓器移植における抗体関連型拒絶反応の治療の適応が保険収載された。まずはこの調査について報告する。
約20年間のAMR症例におけるIVIg療法の実態調査
本調査で対象としたのは、2001年4月~2022年3月にAMRと診断され、IVIg療法を行った肝移植症例である。全国の移植実施施設におけるAMR症例に対するIVIg投与の有無について一次調査を行い、IVIg投与が確認された医療機関におけるAMR症例に対する治療状況やIVIgの使用状況について二次調査を行った。
集積された症例は61例(小児18例を含む)、移植時の年齢は中央値(範囲)で成人49(21~66)歳、小児3(0~15)歳であった。血液型不適合症例は成人30例(69.8%)、小児16例(88.9%)であった。
抗HLA抗体検査ではClassⅠの陽性症例が成人8例(18.6%)、小児0例、ClassⅡの陽性症例が成人7例(16.3%)、小児2例(11.1%)と、ドナー特異的抗体(DSA)陽性症例よりも血液型不適合(抗A抗体・抗B抗体)によるAMR症例が多かった。原疾患では、原発性胆汁性胆管炎(PBC)が成人12例(27.9%)と最も多く、次いで肝硬変が成人10例(23.3%)であった(表1)。
AMR発症時におけるIVIgとの併用療法としては、血漿交換療法(PE)、ステロイドパルス、リツキシマブなどと組み合わせた治療が行われていた(表2)。なお、リツキシマブの保険収載は2016年であるため、今回の調査でリツキシマブの使用例が少ない結果となった。
免疫抑制剤は様々な薬剤が使用されていた。タクロリムスが最も多く成人33例(76.7%)、小児15例(83.3%)で、ミコフェノール酸モフェチル(MMF)が成人32例(74.4%)、小児12例(66.7%)で、ステロイドパルスが成人27例(62.8%)、小児4例(22.2%)で使用されていた(表3)。
表1 患者背景

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.一部抜粋
本研究は一般社団法人日本血液製剤機構の資金により行われた
表2 AMR発症時におけるIVIgとの併用療法

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
表3 免疫抑制剤の使用状況

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
成人及び小児における治療後半年以上の生存率・グラフト生着率
AMR発症後IVIg投与6ヵ月間の治療成績(成人)を図1に示す。成人の治療後6ヵ月時点での生存率は69.8%(30/43例)、生着率は69.8%(30/43例)であった。小児では、それぞれ、 94.4%(17/18例)、88.9%(16/18例)であった。(図2)。
図1 治療成績(成人)

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
図2 治療成績(小児)

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
本調査の対象には血液型不適合肝移植が多く含まれていた。血液型不適合症例における血液型抗体の推移を図3に示す。IVIg投与前、投与後6ヵ月、投与後6ヵ月以降の3時点において、血液型抗体はIgM型抗A抗体・抗B抗体、IgG型抗A抗体・抗B抗体ともに、80%程度の症例で抗体価が低下していた。
図3 血液型抗体の推移

伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
安全性
IVIg療法を行った症例において、成人の3/43例(7.0%)、小児の1/18例(5.6%)に重篤な副作用が発生した。その内訳は、成人では胃腸出血、アスペルギルス感染症、肝不全、消化管ストーマ合併症、脳出血がそれぞれ1件(2.3%)、小児では胆管炎が1件(5.6%)であった5)。また、死亡に至った副作用は2/61例に認められ、アスペルギルス感染症及び肝不全の各1例であった6)。
これらの調査結果をふまえ、2024年9月に献血ヴェノグロブリンIH10%静注に対して、臓器移植における抗体関連型拒絶反応の治療の適応は、以下の通り保険収載された。協力施設には心より感謝申し上げる。
献血ヴェノグロブリンIH10%静注の肝移植に関する効能又は効果、用法及び用量、用法及び用量に関連する注意(電子添文2024年11月改訂より一部抜粋)
4. 効能又は効果
〇下記の臓器移植における抗体関連型拒絶反応の治療
腎移植、肝移植、心移植、肺移植、膵移植、小腸移植
6. 用法及び用量
〈臓器移植における抗体関連型拒絶反応の治療〉
通常、人免疫グロブリンGとして、1日あたり1回1,000mg(10mL)/kg体重を2回点滴静注する。ただし、患者の年齢及び状態に応じて適宜減量する。なお、必要に応じて追加投与する。
7. 用法及び用量に関連する注意
〈臓器移植における抗体関連型拒絶反応の治療〉
7. 9 本剤は投与開始から10日間以内を目安に2回の投与を完了するが、患者の年齢及び状態に応じて適宜調節すること。
わが国における血液型一致/適合/不適合肝移植の生存率
わが国の血液型不適合肝移植に関する2023年の全国集計7)では、血液型不適合症例と一致・適合症例との間に生存率で有意差は認められていないが、血液型不適合症例のほうが移植後10年の時点でやや低い傾向がみられる(図4)。
図4 わが国における血液型不適合移植成績
【対象・方法】1992~2023年3月31日までに登録された肝移植のうち、移植日が2022年末までの肝移植症例11,261件を対象に、累積生存率をKaplan-Meier法で算出し、log-rank検定を用いて有意差を検定した。

日本肝移植学会. 移植. 2023; 58(4):339-355.
京都大学附属病院 肝胆膵・移植外科/小児外科における血液型不適合/DSA陽性症例に対する肝移植時の免疫抑制療法プロトコール
現在の当科における血液型不適合/DSA陽性(MFI[蛍光強度]値10,000以上)症例に対する肝移植施行時の免疫抑制療法のプロトコールでは、リツキシマブ500mg/body(成人)、375mg/m2(小児)を基本とし、移植実施の2~3週間前から免疫抑制療法を開始する(図5)。移植実施の1週間〜3日前にはMMFとタクロリムスの経口投与を行い、抗体価を確認しつつPEを2~3回実施、さらにステロイドも使用している。腎機能に応じてMMFをエベロリムスに変更する場合もある。
図5 成人/小児(1歳以上)血液型不適合/DSA陽性症例肝移植施行時 免疫抑制療法プロトコール

MP:メチルプレドニゾロン、PSL:プレドニゾロン、C0:初期血中濃度
記載の薬剤については、承認外の内容が含まれていますので、最新の電子添文をご参照ください。
伊藤先生ご提供
AMRを発症した場合には、①ステロイドパルス10~20mg/kgとPE、大量ガンマグロブリン1g/kgを併用して対処している(図6)。②リンパ球サブセットでCD19/CD38の出現を認めた場合は、リツキシマブの追加投与を行う。多くはこの①と②で抑えることができる。①、②の治療効果が十分でない際には、ボルテゾミブ(本邦適応外)やエクリズマブ(本邦適応外)の使用も検討することになる。
AMRは速やかに診断し治療を開始することが重要である。少しでもAMRが疑われる場合には、肝生検を必ず実施し、直ちに治療を開始する。また、AMRを発症した症例は、短期的に軽快しても長期的に胆管炎を発症する場合があり、しっかりとした免疫抑制療法を行う必要があると考える。
しかし、このように対応しても1~2年後にABO不適合関連硬化性胆管炎を発症してグラフトロスするケースは依然存在する。AMRの治療が奏効しても、こういった経過を辿る症例を認めることから、今後の検討課題と捉えている。
図6 拒絶反応(AMR)の治療

記載の薬剤については、承認外の内容が含まれていますので、最新の電子添文をご参照ください。
伊藤先生ご提供
AMRの発症機序から考える今後の展望
抗血液型抗体に起因するAMRは血液型A型、B型の抗原が、レシピエントに存在する抗A抗体、抗B抗体と反応することで起こる。この反応により補体が活性化されてvon Willebrand因子が放出され、tissue factor(TF)やplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)の発現が増強されることで微小血栓が形成される。微小血栓はうっ血や出血を惹起し、最終的には移植臓器機能の廃絶に至る8)。リツキシマブやPE、IVIgによる治療は、抗体を除去して抗原抗体反応を抑える治療法であるが、現在、残存した抗体による反応を抑えるために、補体の活性を抑制する試みもなされている。
また、通常のABO血液型検査では判定困難な、赤血球上の血液型抗原量が遺伝的に少ない型を血液型亜型といい9)、米国では測定されている。この亜型によって拒絶反応の出現に違いがある可能性も考えられ、今後の研究の進展に期待したい。
開催日:2025年2月25日
会場:オンライン配信
主催:一般社団法人日本血液製剤機構
2025年6月掲載
審J2504074
【参考文献】
1) Kaido T, et al. Liver Transpl. 2009;15(11):1420-1425.
2) Watson R, et al. Am J Transplant. 2006;6(12):3022-3029.
3) Lee BT, et al. J Hepatol. 2021;75(5):1203-1216.
4) Haas M, et al. Am J Transplant. 2014;14(2):272-283.
5) 伊藤孝司, ほか. 移植. 2024; 59(1):15-26.
6) 献血ヴェノグロブリンIH10%静注 審査報告書(2024年9月24日)p.18.
7) 日本肝移植学会. 移植. 2023; 58(4):339-355.
8) 小林孝彰. 移植. 2006; 41(6):573-576.
9) 日本輸血・細胞治療学会, 輸血検査技術講習委員会. 輸血のための検査マニュアル Ver.1.4
https://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2024/09/4e00a6fcc4400515b5d32b2ac2477547.pdf (2025年3月28日閲覧)