• 怖い低体温症

Training 14怖い低体温症

先日、私はボランティアで、参加者約6,000人規模の市民マラソン大会に選手の救護支援医療スタッフとして参加してきました。当日の天気は曇りで、外気温は14℃でしたが、強風の北風が吹いていたため、屋外の体感温度は10℃以下に感じました。大会中に体調不良で棄権する選手は数名いましたが、大会は無事に閉幕し、医療スタッフの皆も昼食を摂りながら反省会をしていました。その時、体調不良で動けなくなった選手が救護所に運び込まれたと通報があり、急いで医師と共に現場に駆けつけたところ、選手の一人がうずくまって動けなくなっていました。全身的に筋肉のふるえ(シバリング)が見られ、四肢は冷たく硬直であまり動かすことができず、痺れを伴う強い冷感を訴えていました。また起きるとめまいがするため、座位を保つことができない状態で、眠気を訴え、言葉も発しにくいという症状が出ていました。同行した医師は低体温症と判断し、すぐに保温処置にあたりました。少しずつ症状が回復し、話ができるようになって事情を聞いたところ、その選手は大量の汗をかいた状態で、強風の中で整理運動を行っていたところ、体調が急に悪化したということでした。低体温症が急速に悪化した要因として、大会が終わったらすぐに自宅に帰る予定でいたので、着替えの準備をしていなかったこと、ゴール後に水分補給で冷たい飲み物を一気に飲んでしまったこと、通年でジョギングを継続的に行っており、真冬でも長距離を走る練習をしてきたので、気温14℃程度なら平気だろうと油断して、ゴール後に屋内へ移動するなどの寒冷対策が不十分だったことなどが挙げられました。

学習方法

細胞の活動は化学反応であり、体温が低下すれば化学反応の速度も低下し、細胞の機能低下が起こり、体温維持のメカニズムが破綻します。すると身体全体の温度が低下するので、脳や心臓などの生命維持に必要な身体の中心部の臓器の温度を上げるために、体表の血液が中心部に集中するので、体表温度はさらに下がります。体表の血液は、還流量が少なくなるとはいえ循環しているので、中心部に流入し、体温をさらに下げるという悪循環に陥ります。やがて中枢神経、呼吸循環器、血液凝固系の機能不全が生じ、死に至ります。2009年7月の北海道大雪山系トムラウシ山で、ツアー登山参加者18名中8名(ツアーガイド1名を含む)が低体温症で死亡した夏山の山岳遭難事故は記憶に新しいところですが、この事故を招いた要因として、ツアーガイドを含めて一行の全員が低体温症に対する知識不足だったことが挙げられています。

体温と低体温症の症状

  • 36.5~35℃

    1. 寒気、骨格筋のふるえ(シバリング)がはじまる。
    2. 手足の指の動きが鈍くなる。
    3. 皮膚の感覚が少しずつ麻痺する。
  • 35~34℃

    1. 運動失調(よろよろと歩行)。
    2. 筋力低下(転倒しやすくなる)。
    3. 構音障害、うわごとをいいだす。
  • 34~32℃

    1. シバリング減少、歩行不能。
    2. 頻呼吸、意識障害を起こす。
  • 32~30℃

    1. シバリング消失、身体硬直。
    2. 錯乱状態、不整脈のリスク。
  • 30℃以下

    1. 意識低下が進み、瞳孔散大。
    2. 乱暴な体位変換等で容易に心室細動を起こす。
  • 13.7℃

    1. 神経学的後遺症なく生存できた最低の深部体温。

金田正樹:寒冷による障害.臨床スポーツ医学13(6):650-654,1996.

体温が30℃以下になると、心臓の筋肉が刺激されやすく、乱暴な体位変換や気道操作でも心室細動が起こるといわれています。そのため、上記深部体温が32℃以下であることが予想されるような症状(歩行不能、四肢体幹の筋の硬直、錯乱状態、傾眠)が見られる人を寒冷環境で発見した場合、医師が近くに居なければすぐに救急車を要請し、風や寒冷環境から避難させ、可能なら屋内に移動し、濡れた衣服を愛護的に脱がせ、毛布などで保温します。

低体温症の処置

低体温症の処置は注意が必要です。低体温症が重度であるほど、一刻も早く体温を上げたいところですが、温熱ヒーターや湯たんぽなどで急速に身体を温めようとすると、冷えた体表血液の心臓への流入が急速に起こり、心室細動を起こし、心停止に至る「復温ショック」の危険が高くなります。冷えが重度の場合ほど、緩やかに温めていきましょう。

低体温症は、症状が急速に悪化していても自分では「これくらいの寒さなら平気」と思うくらいに症状が軽く感じるそうです。また、トムラウシの事故では、若い元気なツアーガイドが、強風に煽られ足を滑らせて転倒して全身を濡らした後、わずかな時間で行動不能になったそうです。寒冷環境では低体温症は想像以上に急速に悪化します。もし冬場の屋外で作業をしていて、雨や汗などで衣服が濡れた場合は、「まだまだ大丈夫」と思っても、速やかに屋内に避難して衣服を着替え、保温に努めましょう。