血友病でもチャレンジができる
<自分と血友病について>
みなさんこんにちは!僕は、ミュージシャン、音楽講師、登録者11万人以上のウクレレYouTuberとしてお仕事をさせていただきながら生活している、血友病Aの当事者です。
僕が血友病と診断されたのは5歳ごろでした。右肘の関節と右足首の関節に頻繁に出血があり、近所の整形外科などを受診していましたが、湿布薬や温熱治療などで、治療の効果が出ないまま通っていました。そうしている間に、右肘は真っ直ぐに伸びなくなっていったり、右足首の可動域もかなり減っていきました。
紹介状をいただき、大学病院で検査を受けて初めて「血友病」であるということを知ることになりました。病院で初めて使用した血液製剤が献血から作られた血液凝固第Ⅷ因子製剤で、現在も使っています。
中学生頃からは静脈への自己注射を学び、中学生の頃に自分で注射できるようになり、通院の負担も減りました。大人になり、音楽という仕事柄か移動が多いため、現在は予防的に使用できる皮下注射薬と併用しながら血液凝固第Ⅷ因子製剤を使用することにしました。それからかなり生活がしやすくなったと思います。
<辛かった子供時代>
血友病と診断される前から、度々出血が起こっていて、右足の関節が痛くて夜眠れずにずっと泣いていたのを今でもよく覚えています。
幼少期は症状が出ても注射が嫌で嫌でしょうがなかったこともあり、親に言わずに黙っていたこともありました。関節に痛みが出るたびに、車で1時間ほどかかる大学病院に行かなくてはならなかったので、週5で働いていた母には多大な負担をかけていたと思います。
関節の痛みだけでなく、血尿が出ることも珍しくなかったです。ある日、突然尿がワイン色になる瞬間の恐怖は今でもよく覚えています。中学生くらいの頃、血尿が出ていたけど1週間くらい親に黙っていたことがありました。今までに経験したことのない激痛を腹部に感じ、人生で意識を失ったのはこの瞬間が初めてでした。幸い、大事には至らなかったのですが、親にかけた心配は計り知れなかっただろうな、と大人になってから思い返します。
<音楽業と血友病>
高校生の頃に出会った「ベース」という楽器に心底熱中し、19歳で田舎から上京し一人暮らしを始めました。人生で初めて、1人で血友病の通院を行うことになりました。
目指していたのは「音楽で生活できるようにする」ということですが、それには度重なる出血が伴いました。たくさんの機材と楽器を持ち、長距離移動や、ミュージカル公演のツアーで全国を飛び回ったりすることが頻繁にあり、足が痛くて歩けなくなることもよくあったと記憶しています。
アルバイトしながら音楽の現場をこなし…の毎日なので、当然車を所有できる状況ではありませんでしたので、足を引きずりながら現場から帰ったこともありました。今日は痛くなりそうだな…という日は、家を出る前に注射を打ったりしていました。血友病と自分のペースを、この期間に少しつかめたような気がします。
ベース演奏の仕事を目指していましたが、偶然ウクレレに出会ったのは20代真ん中くらいでした。
楽器自体がかなり軽く、力もあまり必要ないため、血友病患者に優しく、付き合いやすい楽器だと思いますのでオススメですよ。
<血友病のお子さんを持つ親御さんに伝えたいこと>
現在僕は6歳の子供の父親でもあります。親側の気持ちも経験し、あの頃にこんな話を聞けたらよかったな、と思うことが増えてきました。
特に、お子さんが小さい頃は、親として色々と不安や心配もたくさんあると思いますが、無理の無い範囲で、本人が「やってみたい」ということに目を向けてあげて、できればご家族も一緒になって楽しんでみてほしいな、と思います。そして、一緒に楽しんだ後に抱きしめてあげてほしいと思います。
大切な家族の病気を、家族みんなで理解し、上手く付き合っていくことが、本人にも家族にとっても心強く、安心を感じる方法のような気がします。
少年期の僕は「普通の生活」に近づきたい、と日々願っていましたが、現在では素晴らしいお薬の登場もあり、血友病患者の生き方の選択肢がどんどん増えていると思います。
血友病でも「こんな生き方もある」という1つの例として、SNSで発信を続けていきたいと思います。
全ての当事者が「普通の生活」に近づけたらいいな、と願っています。
(2026年Vol.81)
審J2603276













