第29回 まれな先天性血液凝固異常症 ~先天性無(低)フィブリノゲン血症と妊娠・分娩~
本誌監修の吉岡章先生が専門医(家)にインタビューし、一つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第29回は、先天性無(低)フィブリノゲン血症について。血友病と同じく血液が固まりにくくなる疾患ですが、妊娠・出産などにおいて特に注意を必要とします。この疾患をもつ患者さんの安全な妊娠継続・分娩に携わった経験が豊富な、浜松医科大学医学部の小田智昭先生に、疾患の特徴や診療の現状などをうかがいました。
産婦人科地域医療学講座
特任講師
小田 智昭先生
- ●2011年4月 浜松医科大学医学部附属病院 周産母子センター 医員
- ●2014年9月 富士宮市立病院 産婦人科 医長
- ●2020年4月 浜松医科大学医学部附属病院 産科婦人科 医員
- ●2024年12月~ 現職
- ●2025年4月 国立研究開発法人国立成育医療研究センター 妊娠と薬情報センター相談担当者、日本循環器学会/日本産科婦人科学会 妊娠ガイドラインフォーカスアップデート版作成班 協力員、日本血栓止血学会学術標準化(SSC)委員会DIC部会 部会員
〒431-3192
静岡県浜松市中央区半田山一丁目20番1号
TEL:053-435-2111(代表)
URL:https://www.hama-med.ac.jp/
血液凝固に必要なフィブリノゲンが不足する
吉岡先生先天性無(低)フィブリノゲン血症というのはどんな疾患ですか?
小田先生「フィブリノゲン」というのは、血液が固まる最終段階で重要な役割を果たします。血液が固まる時には、フィブリノゲンが網のようにつながって「フィブリン」という血の塊(血栓)になります。このフィブリノゲンが生まれつき全くない(無)、または著しく少ない(低)状態にあるのがこの疾患です。症状はさまざまですが、主に出血症状です。非常にまれな病気で、無フィブリノゲン血症はだいたい100万人に1人程度、「低」のほうは数万人に1人程度です。なお、男女の差はありません。
吉岡先生どういうきっかけで診断されますか。
小田先生新生児の時に、おへそを切った後の出血が止まらなかったり頭蓋内出血があることもあれば、鼻血や歯茎の出血、月経の量が異常に多い(過多月経)、そして手術後の止血困難などでわかることもあり、診断時期はさまざまです。妊娠・分娩の時に大出血し、それで判明することもあります。比較的軽症の方は、成人になるまで診断されないこともあります。
吉岡先生どんな検査を行って診断しますか。
小田先生主に血液検査です。血液の固まりやすさを調べるため、プロトロンビン時間(PT)、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などを測って凝固の状態を調べ、フィブリノゲン値が測定不能あるいは著明な低値ということで判明します。必要に応じて凝固因子の検査や遺伝学的検査もします。
吉岡先生診断がついた患者さんには、どのような治療や出血予防をしますか。
小田先生フィブリノゲン製剤を使って不足しているフィブリノゲンを補充します。手術や分娩、抜歯などの出血リスクが高い場面では、予防的にフィブリノゲンを補充することもあります。
吉岡先生フィブリノゲン製剤というのはどんな特性があり、使用に際してどのような注意が必要ですか。
小田先生フィブリノゲンを直接補充して短時間で血中濃度を上昇させることができるので、非常に有効です。ただ過剰補充してしまうと血栓症を起こすという問題があります。止血と血栓のバランスをとり、必要量を適切に評価しながら使用することが重要です。
血友病とは何が違う?(症状や遺伝について)
吉岡先生血友病と出血のしかたや症状などに違いはありますか?
小田先生血友病で特徴的な、関節内や深部の出血は比較的少ないといわれています。もっと表面の、粘膜の出血や過多月経、産科出血などが重要な問題になります。
吉岡先生遺伝の仕組みについてはどうでしょうか。
血友病とは違うのでしょうか。
小田先生血友病は、性染色体に関連する潜性遺伝(※1)ですが、無(低)フィブリノゲン血症は性に関係ない常染色体の潜性遺伝です。両親ともに遺伝子バリアント(配列に変化を生じること)があった場合に発症します。
※1 遺伝子の特徴が表に現れにくい(潜伏する)タイプの遺伝形式のことです。かつては「劣性遺伝」と呼ばれていましたが、能力の優劣を意味する言葉ではないため、現在は「潜性遺伝」という表現に改められています。吉岡先生血縁者の検査や検診は必要ですか。
小田先生難しいところですが、必要に応じて血液検査や遺伝カウンセリングを行うことがあります。低フィブリノゲン血症の場合は、妊娠・分娩・手術で初めて診断されるケースがあります。患者さんに妊娠や手術予定の家族がいらっしゃるときは、安全のために検査をしたほうがいい場合もあります。
妊娠・分娩は補充による止血管理で安全に
吉岡先生患者さんが妊娠した場合、どのような注意が必要でしょうか。
小田先生フィブリノゲンがなくても着床できるため妊娠自体は可能です。しかし、フィブリノゲンを全く補充しないと4週から5週という早期に流産してしまいます。この時期に将来胎盤になるフィブリノイド層ができますが、それがうまく形成されないと思われます。そのため診断がついている患者さんなら、妊娠初期に流産を防止するためにフィブリノゲン製剤を補充します。その後も十分に補充していかないと、胎盤が育った後、20週くらいから胎盤が子宮の壁からはがれてしまう常位胎盤早期剥離が起きる可能性が出てきます。胎盤が子宮にちゃんと接着するためにはフィブリンが必要だからです。そのほか妊娠中の出血予防のためにも補充をしていきます。
吉岡先生では、診断がついている女性が妊娠を希望する場合どうするのがいいですか。
小田先生一番大切なのは、プレコンセプションケア(妊娠前からの健康管理・ケア)です。計画的に妊娠できたらよりスムーズですが、予想外に妊娠した場合でも、進行流産まで至っていなければフィブリノゲン製剤の補充で妊娠を継続できることもありますので、妊娠かなと思ったら早めに受診をすることが大事です。普段から医師とのコミュニケーションをとっておくことが必要です。
吉岡先生普段から出血しやすいなどの異常に気づき、早めに診断がついていると、妊娠前の準備(プレコンセプションケア)ができますね。大出血が起きてから疾患に気づくのでは危険を伴います。
小田先生なかなか妊娠が継続できない場合は、出血傾向の面からも診断をするのは重要です。大出血への備えがあるのとないのとでは大きく違います。今まで過多月経があっても器質的な問題がない場合、医師もあまり凝固異常を想起しなかったのが現状です。私たち産婦人科医は一番のフロントラインにいるので、こうした疾病があることを啓蒙しなくてはならないと考えています。
吉岡先生分娩は帝王切開ですか自然分娩ですか。
小田先生患者さんのフィブリノゲン値、出血歴などをみながら総合的に判断して決定します。重要なのは分娩方法よりも十分な止血体制をとること。分娩前から目標のフィブリノゲン値を設定し、そこまでしっかり上げていくことです。
吉岡先生分娩後はどのようにケアしますか。
小田先生分娩後は急速にフィブリノゲンが消費され、出血でも喪失します。大量出血につながる可能性もありますので、分娩後3日くらいは、フィブリノゲン値をモニタリングしながら、必要に応じて補充療法を行います。
吉岡先生生まれてきた子に、血液検査などを行ったりしますか。
小田先生家族歴や遺伝形式を踏まえ必要に応じて行います。特におへそからの出血や頭蓋内出血がある場合には注意してモニタリングを行います。もし親がバリアント遺伝子をもっているとわかっていたら、カウンセリングのうえで遺伝学的検査を行うこともあります。
吉岡先生患者さんの将来設計や健康管理を、どのようにしたらよろしいでしょうか。
小田先生専門医が関わることが大切です。血栓止血専門医、産婦人科専門医と立場はありますが、産婦人科医の立場からは、患者さんに妊娠中の出血予防から分娩後の止血戦略・管理についてよく説明し計画を立てておくことが重要と考えます。妊娠・出産に限らず、患者さん自身が疾患をよく理解して、出血した時に速やかに専門施設に相談できる体制を整えておくことが、予防・治療の鍵となります。さまざまな出血リスクに備え、長期的に健康管理ができる体制を整えておくのが理想ですね。
吉岡先生生まれつきではない「後天性」低フィブリノゲン血症もあるのですね。
小田先生はい。実はそちらの方が多いのです。もともとはフィブリノゲンが正常に作られていたのですが、何らかの特殊な疾患とか大量出血などで消費あるいは喪失してしまう状態です。先ほど申し上げた常位胎盤早期剥離など産科危機的出血で起こることもあります。フィブリノゲンを補充するだけでなく、原因となっている疾病を同時に治療しなくてはなりません。これはもう、産婦人科医だけの力では無理で、ほかの科の医師の力を借りないとなりません。
吉岡先生この疾病の治療についての将来展望はいかがでしょうか。
小田先生フィブリノゲンは、止血だけでなく、妊娠の維持、創傷治癒、炎症にも関わる重要なタンパク質です。フィブリノゲンの補充は単にフィブリノゲンの数値を上昇させるだけでなく、個々の患者さんの病態に応じた個別化医療の中で止血戦略・管理を行い、病態の評価をしていくことが次のステップです。また、この疾病のエキスパートといえる医師がそう多くないなか、どこにどんな先生がいらっしゃって、どのように管理してもらえるかという情報も整理する必要があると考えています。
(2026年Vol.82)
審J2608105













