血友病関節症の病態
Pathology of Hemophilic Arthropathy
血友病性関節症とは
血友病性関節症は、関節内出血を繰り返すことで起こります。特に出血を繰り返す関節は標的関節(Target joint)
と呼ばれ、同一関節に6ヵ月で3回以上の出血が生じるものという目安1)があり、注意が必要です。病状が進行すると
関節の構造および機能が破壊されて、患者のQOLを著しく低下させてしまいます。
血友病性関節症が発症する
メカニズム
関節内に出血が起こると、血液成分が関節内に残留します。滑膜は、その残留物、特に鉄(Fe)を吸収および排泄する役割を担いますが、出血が繰り返し起こるとその作用が追い付かなくなり、滑膜が増殖・肥厚します。増殖した滑膜組織は脆弱であり、機械的刺激により破綻出血を来しやすくなることから、さらに出血が繰り返される悪循環に陥ります。その結果、関節軟骨が破壊され血友病性関節症へと進行します2)。
血友病性関節症への進行
瀧正志ほか. 小児科臨床. 2011; 64(9): 2061-72.
関節内出血の好発部位
血友病患者を対象とした海外研究では、各関節における関節内出血の頻度は以下のとおりでした3)。
部位別の関節内出血頻度
【方法】
英国の6つの血友病施設のデータベースに登録された2005年4月1日から2006年3月31日のデータから抽出した血友病A患者
100例を対象に、出血頻度および部位のデータを収集した。
Stephensen D, et al. Haemophilia. 2009; 15(6):1210-4.より作成
CHECK POINT
エコー検査による臨床評価4)
- 血友病患者において腫れ、痛み、関節内出血の既往がある関節のうち、78%にエコー検査で血友病性関節症が存在した。
- これらの症状のない関節の40%に、エコー検査で無症候性の血友病性関節症がみられた。
- 無症候性血友病性関節症で最も多かったのは肘関節であった。
関節内出血の初発年齢5)
- 血友病の各重症度における関節内出血の初発年齢は、重症で1.9歳、中等症で6.7歳、軽症で14.2歳であった。
血友病関節症の評価
Evaluation of Hemophilic Arthropathy
血友病性関節症の評価方法
現在の血友病治療において、最も重要で長期的な治療目標は、血友病性関節症の発症と進行の抑制です。血友病性関節症の早期発見には定期的な評価が有用です。
- 年間出血回数(ABR)と年間関節内出血回数(AJBR)
患者の年間出血回数(ABR: Annual Bleeding Rate)や年間関節内出血回数(AJBR: Annual Joint Bleeding
Rate)での評価は、一つの治療指標となります。
- 理学所見
腫脹・疼痛・関節轢音や、関節可動域・筋力の変化などがみられるかを評価します。また、血友病性関節症の経時的変化を捉えることを目的として開発された評価方法として「血友病関節健康スコア(HJHS:
Hemophilia Joint Health Score)」があります。
- X線検査
血友病性関節症の画像評価において、X線検査は必須の評価方法です。
- MRI検査
MRIは客観性の高い非侵襲的検査法で、軟部組織の異常など、X線では捉えられない早期の変化を描出することができます。
- エコー検査
エコーは非侵襲的な検査で、無症候性出血の検出が可能です。微小出血によって生じた血腫や軟骨、滑膜など、X線検査では評価できない初期の変化を観察することが可能です。
関節内出血予防における血液凝固因子活性の評価
海外の報告では、血液凝固第Ⅷ因子活性のベースライン値と関節内出血回数の関係は下図のとおりでした4)。関節内出血予防における血液凝固因子活性の維持の重要性が示唆されます。
血液凝固第VIII因子活性と関節内出血回数の関係(海外データ)
【方法】
オランダの1施設において1970年以降に生まれた血友病A患者 411例のうち、年齢や治療、出血に関するデータが収集できた377
例を対象に、ベースラインの血液凝固第VIII因子と年間関節内出血 因子の関係を検討した。
den Uijl IE, et al. Haemophilia. 2011; 17(6): 849-53.
CHECK POINT
血液凝固第VIII因子活性と出血回数5)
- ベースラインの血液凝固第VIII因子活性が1〜5IU/dLにかけて出血回数が減少する傾向がみられた。
血液凝固因子活性の目標トラフ値6)
- 出血予防のための血液凝固第VIII因子製剤投与時の目標トラフ値は、3IU/dL以上が望ましいという報告もある。
関節評価の実態
「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書では、ここ5年間における関節評価の有無およびその頻度を確認したところ、有効回答数382件のうちX線検査が行われた患者が73%、関節診察が行われた患者が69%でした7)。
血友病性関節症を発症を予防するためには、長期的な関節の動きや変形を評価することが重要です。毎回の診察で関節評価を行う必要はないと考えられるものの、関節評価を行う頻度の改善が望まれます。
ここ5年間で受けた関節評価とその頻度
【方法】
2020年4月11日から9月30日に血友病患者を対象にインターネットを用いたアンケートを実施した(有効回答数396件)。ここ5年間における関節評価(関節診察、X線検査、MRI検査、エコー検査)の
有無および頻度の回答が得られた382件を評価した。
「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書
疼痛の評価
痛みは血友病性関節症の症状の一つで、軟骨や軟骨下骨の損傷との相関も報告されており、痛みの有無は関節症性変化の一つと捉えることもできます。
「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書では、年代別の近6か月の関節痛を確認したところ、足関節が最も多く、膝、肘と続きました7)。足関節が痛む割合は若年の段階でも明らかに増加する傾向にあり、30代、40代、50代では血友病患者の約半数を占めました。膝と肘関節は30代以上で増加する傾向がみられました。
年代別の近6か月の関節痛
【方法】
2020年4月11日から9月30日に血友病患者を対象にインターネットを用いたアンケートを実施した(有効回答数396件)。肩、肘、股、膝、足関節に痛みのある割合を年代別に評価した。
「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書
血友病関節症の治療とケア
Treatment and Care of Hemophilic Arthropathy
血友病性関節症の発症および進行の抑制のためには関節内出血が起きた際、すぐに補充療法および止血処置を行う必要があります。そして血友病性関節症の予防においては、関節内出血そのものを起こさないことが重要となります。
血友病患者の血液凝固因子活性や身体活動量、ライフスタイルなどを勘案し、適切な補充療法を行うことにより、日常生活で関節内出血をゼロにすることが求められます。
治療
関節内出血時の治療
出血時は、できるだけ早期に血液凝固因子製剤の投与を行い、出血部位の補助的なケアとしてRICE処置を行います。RICEは、出血の応急処置時に必要な4つの処置である、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compressi
on(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったもので、血友病においても推奨されています。
RICE処置
出血、または出血した可能性のある部位を動かさないように安静にします。
氷のうなどにより出血部位を冷却します。
関節内出血の場合は、包帯やサポーターなどを用いて出血部位を押さえます。
出血部位を心臓より挙上します。
下肢の場合は横になり、足を高くします。
関節内注入
血友病性関節症の進行を遅らせる治療の選択肢として、主に機械的刺激からの炎症予防および軟骨保護効果を期待するヒアルロン酸、また主に滑膜の炎症と増殖を抑えることを目的とするステロイドなどを関節内に注入する方法があります8)。関節内注入は出血および感染リスクの高い手技であるため、ベネフィットがリスクを上回る場合に、保険適応についても考慮しながら選択します。
日常のケア
血友病性関節症を発症させない、またはこれ以上進行させないためには、日常的に関節を保護することが重要です。
個々の患者に合わせた血液凝固因子製剤の投与
個々の患者の状態や生活などを考慮し目標トラフ値や目標ピーク値を設定し、血液凝固因子製剤の投与量や投与間隔を決定します。
考慮すべき患者の因子(例)
- 年齢
- 体重
- 関節症の有無
- 運動量
- ライフスタイル
- など
CHECK POINT
輸注記録表の活用
- よりよい治療のためには、輸注記録表を用いて出血回数を患者と医師の間で共有することが有用である。
適度な運動
出血後の対応としては、RICE処置の一つである安静は重要です。しかし、過度な安静は筋萎縮を引き起こし関節の可動性と安定性を低下させるため、標的関節になる可能性が高まります。
これを避けるためには適切な止血が得られ、疼痛や腫脹などの症状が軽減した段階では、適切な負荷をかけながらゆっくりと関節を動かしていく必要があります。
定期的な関節の評価
X線検査で明らかな所見がみられる頃には既に関節破壊が進んでいる場合が多いことから、X線検査で所見がみら
れる前に介入することが重要です。エコーを用いた関節評価では、微小出血によって生じた血腫や、X線検査では評価できない初期の軟骨や滑膜の変化を観察することが可能です。出血は人によっては違和感のみで終わるような軽微な出血の場合もあり、無症状にも関わらず関節に変化が生じている可能性があります。
そのため、年に1回はエコーなどの画像検査により血友病患者の関節の状態を確認し、少しでも変化があれば血液凝固因子製剤の投与を検討したり、生活状況を見直したりすることが、よりよい関節保護のために重要となります。
引用
- Blanchette VS, et al. J Thromb Haemost. 2014; 12(11): 1935-9.
- 瀧正志ほか. 小児科臨床. 2011; 64(9): 2061-72.
- Stephensen D, et al. Haemophilia. 2009; 15(6): 1210-4.
- De la Corte-Rodriguez H, et al. Haemophilia. 2022; 28(1): 138-44.
- den Uijl IE, et al. Haemophilia. 2011; 17(6): 849-53.
- Collins PW, et al. Haemophilia. 2021; 27(2): 192-8.
- 「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書
- 宮澤慎一ほか. 薬局. 2021; 72(4): 870-87.
クロスエイトMC 取り扱い規格一覧
規 格 |
3000単位 |
2000単位 |
1000単位 |
500単位 |
250単位 |
有効成分 |
250国際単位 |
500国際単位 |
1000国際単位 |
500国際単位 |
250国際単位 |
添付溶解液 |
5mL |
5mL |
5mL |
5mL |
5mL |