大石邦子の心の旅

初心に返って

このように厳しい残暑は初めてのような気がする。また救急車が行った。熱中症で運ばれる人が増えている。

冷房の部屋にいても、時折頭がふらっとすることがある。慌てて水を飲み、机を離れて窓際の椅子に移る。

私も講演先で倒れ、1カ月の入院を余儀なくされたことがある。私は車椅子なので、出先でトイレに困ることもあり、なるべく人に迷惑をかけないようにと、泊りや講演の日は、前日から水分を断って出かけた。いつもそうだった。

障害があっても、若いということは其れだけで力だったのか、何とかなった。しかし先生は言われた。「講演と命と、どちらが大事?体が悲鳴を上げてます」

イラストイメージ 今はバリアフリーのホテルや、障害者用トイレも完備されつつあり、とても嬉しい。旅行も出来るね。介助してくれる友人とハイタッチで喜んだのも、そう遠い日のことではない。

それが今年は新年早々「新型コロナウイルス」の登場となり、私達の生活は大きく変わった。あれから8カ月、私は病院以外、殆ど何処にも出ていない。私が出かけようとすれば、必ず人手を借りねばならず濃厚接触となる。大切な友人であれば尚、それはできない。講演もやめた。

会いたい人に会えず、行きたい処にも行けない寂しさはあるが、今は初心に返って、コロナの感染を阻止できる唯一の方策と言われる、手洗い、うがい、マスクを忘れず、「3密」を避け、「不要不急」「濃厚接触」とならぬよう常に意識しながら、収束を待ちたい。心許ない気もするが、ワクチンも薬もない今、それ以外ない。

ちなみに、現在(8/27)の日本のコロナ感染者は6万5,062人。亡くなった方は、1,230人である。 

癌の告知を受けた日のことも、時々思い出す。長い闘病生活を経てようやく元気になり、車椅子ながら社会復帰ができたと思っていた矢先の、まさかの癌の宣告だった。

世界でみると、感染者2,418万人。亡くなった方は82万6,000人らしい。1、2月頃、まさかコロナが世界中を席捲するようなウイルスだったとは夢にも考えていなかった。

私の東京の友人も、妹さん2人を亡くした。見舞うことも、死に目にも会えず、おしゃれだった妹さんは袋に詰められ密封されて、火葬までの8日間冷凍室に入れられていたことを、言葉を詰まらせながら話してくれた。お骨になってお兄さんの胸に帰ってきたのだ。

8月19日には、私たちの住む会津にも、遂に感染者が出た。第一号である。

どこかで、ほっとしている自分がいた。そんな自分が悲しかった。私は何を恐れているのか。

感染することではない。感染したウイルスを人に移してしまうかもしれない恐怖だ。移された人やその家族は、移された上に、人々から敬遠され、怖れられ、その孤独と悲しみに耐えねばならなくなる。

不安からだろうけれど、国内外感染者への誹謗中傷は止まないという。しかし、それだけはやめよう。
感染のリスクは誰にでもあるのだから…。
あっ、また救急車がゆく。

(2020年8月記)
審J2010339

大石 邦子 エッセイスト。会津本郷町生まれ。
主な著書に「この生命ある限り」「人は生きるために生まれてきたのだから」など。