CLOSE UP HEART

第15回 中等症・軽症の成人血友病

本誌監修の吉岡章先生が、血友病の専門医(家)にインタビューし、1つのテーマを深く掘り下げる「クローズアップ・ハート」。第15回は、前号で取り上げた中等症・軽症の小児血友病の続編として「中等症・軽症の成人血友病」について、三重大学医学部附属病院 輸血・細胞治療部の松本 剛史先生に伺いました。松本先生は、一般社団法人ヘモフィリア友の会全国ネットワーク理事長としても、血友病患者をとりまく諸問題に取り組んでおられます。

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三重大学医学部附属病院
輸血・細胞治療部 講師・副部長
松本 剛史先生
松本 剛史先生 プロフィール
  • ●1997年 山口大学医学部医学科 学士課程 卒業・修了
  • ●1998年 三重大学医学部第二内科入局
  • ●2006年 三重大学大学院医学系研究科 博士課程・博士後期課程 卒業・修了
  • ●2021年 三重大学医学部附属病院 輸血・細胞治療部 講師・副部長

【社会活動】厚生労働省 薬事・食品衛生審議会 血液事業部会 運営委員会委員、
献血推進調査会委員、一般社団法人ヘモフィリア友の会全国ネットワーク理事長

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三重大学医学部附属病院
〒514-8507
三重県津市江戸橋2丁目174
TEL:059-232-1111(代表)
URL:https://www.hosp.mie-u.ac.jp/

出血と関節症との関係を自覚しにくい中等症・軽症血友病

吉岡先生貴院では重症・中等症・軽症の血友病患者さんはどれくらいいらっしゃいますか。

松本先生数年前に確認したものでは、小児から成人まで70名程度です。重症が4割、中等症が2割、軽症が4割です。当院では、出血症状のない軽症・中等症患者でも、年に1度は医療費助成制度の更新のため受診していただくようにしていますので、軽症の方の受診率が高くなっていると思います。小児の重症患者は当院の小児科に通われる方がいらっしゃいますが、中等症・軽症では地元の小児科医に対応していただき年に1回、当院を受診していただく形です。

吉岡先生成人になってから診断される中等症・軽症の患者さんについて、診断のきっかけ、特徴的な出血症状、関節症の発症頻度はどうですか。

松本先生外傷時の異常出血が一番多いと思います。特に中等症では出血が止まりにくいことがあります。中等症・軽症の患者さんの中には、何十年も凝固因子製剤の投与を受けていない方がおられます。重症の方は関節に出血すると腫れて痛み、製剤を注射することで痛みが引くという経験があるため、痛みは出血によるものだと分かるのですが、中等症・軽症では関節の痛みイコール出血とは気づかない場合があり、軽症でも関節症の手術が必要になるほど悪化する方がいらっしゃいます。膝が痛くて歩くことが困難になったため地元の整形外科を受診し、血友病と申告したら当院を紹介された軽症患者さんもおられました。

吉岡先生外傷以外ですと、手術や抜歯後の出血等で発見される方はいますか。

松本先生それはありますね。成人になるといろいろな病気で観血的処置が行われますので。

吉岡先生逆説的ですが、小さい時に重症の血友病と診断されて十分なケアを受けた患者さんの方が、軽症の方より安全だということもあり得ると。

松本先生そうですね。軽症でも関節症や後遺症を残すような重症出血を起こす可能性がありますので、きちんとした対応をとりつつ、血液凝固因子製剤を投与する必要があると思います。

活動量に応じて定期補充療法を

吉岡先生中等症・軽症患者さんの基本的な治療方針や使用する止血製剤について先生のお考えをお聞かせください。

松本先生基本的には重症の方と出血時の対応は変わらないです。抜歯時の出血予防や軽い出血の場合、軽症血友病Aでは血管内皮細胞から血液凝固第Ⅷ因子を放出させる薬剤の投与で間に合うことがあります。外科的処置の前や出血をした時には、凝固因子を補充します。活動量が多い患者さんには出血の度合いをみながら定期補充療法をおすすめしています。仕事で1日に3万歩も歩く中等症の患者さんがいらして、関節に負担がかかりすぎて出血を繰り返していたので、職場での配置転換をしてもらうまでは定期補充をしていました。

吉岡先生中等症でも場合によっては定期補充療法が必要になるということですね。

松本先生はい。定期補充と予備的補充の両方が必要ですね。

吉岡先生止血管理を行う上で凝固因子活性が大事ですが、中等症・軽症でもそれを参考にされていますか。また最近ウェブ上で薬物動態を記録できるツールが開発されていますが、先生はどうお考えですか。

松本先生凝固因子活性は測りますし、動態ツールは使った方がいいと感じています。ただ、一番大事なのは出血の状態です。定期補充をしても出血するようであれば、定期補充の量を増やす、打つタイミングや頻度を変えることをおすすめします。そうすると次第に出血しなくなります。血友病の治療とは、活性を上げることではなく出血を止めることだと思います。

吉岡先生重症血友病では定期補充療法を早期に行うことで、関節症の発症に差が出ているようですが、中等症・軽症の場合、関節症の発症はどうでしょうか。

松本先生中等症でたまに関節症を発症する方はおられますが、軽症ではあまりないです。活動強度の違いもあると思います。凝固因子活性が20%位ある軽症血友病の方で、学生時代からずっとラグビーをやり走り回っていて、足首の関節がガタガタになってしまったため、両足首とも滑膜切除の手術をしました。今は審判として活躍されていますが、試合の日は予備的補充をしています。また、中等症で看護師の方は、病棟を歩き回ったり、小児科病棟で子どもを抱き上げたりして関節内出血を繰り返し、滑膜切除されました。現在は、定期補充療法を導入し出血していないとのことです。

吉岡先生成人の軽症血友病で定期補充になった方は何割くらいいらっしゃいますか。

松本先生定期補充は中等症の方であり、軽症ではほとんどいないと思います。

インヒビター、生活習慣病に警戒。
コロナワクチン接種時は?

吉岡先生注射や抜歯、手術などで特に気をつけることはありますか。

松本先生軽症でも凝固因子をきちんと補充することです。現在接種が進んでいるコロナワクチンは筋肉注射ですが、細い針で量もそれほど多くないので出血が起きることは少ないと思います。高齢の中等症の方で、念のために接種当日に製剤を補充された方もおられます。凝固因子活性が10%程度ある軽症の方でしたら、事前に製剤を投与する必要はないかと思います。

吉岡先生中等症・軽症の方でインヒビターが発生した患者さんのご経験はありますか。

松本先生成人でのインヒビター発症例は、重症・中等症・軽症で各1人ずついます。重症の方は当院にて関節置換術で持続輸注した際にインヒビターが発生しました。中等症と軽症の方は他院で発症し当院へ紹介されました。胃潰瘍からの出血での大量補充療法後の患者さんと、腎結石の破砕術の後に巨大血腫を作ってしまい製剤の持続投与を受けて一旦退院したものの退院後に再出血したためインヒビターが分かりました。その方は、いろいろなところに出血をして後天性血友病のような出血パターンになり、入退院を繰り返しましたが、血液凝固第Ⅷ因子の代わりとなる治療薬を使い始めたら全く出血しなくなりました。

吉岡先生さて、重症の方でも定期補充療法等で天寿を全うされる方が増えておられます。高齢化に伴い、高血圧、動脈硬化、糖尿病など生活習慣病のリスクが高まっていますが、中等症・軽症血友病だからこそ気をつけることはありますか。

松本先生運動習慣がない方や、関節が悪くて運動しにくい方が多いので、生活習慣病になりやすいところはあります。肥満も最近、多いように思います。定期補充で出血が少なくなってくると運動量は改善する可能性があると思います。

吉岡先生動脈硬化についてはいかがでしょうか。

松本先生最近、血友病患者さんに心筋梗塞、脳梗塞が増えているので気をつけなければいけないと思います。凝固因子製剤を投与することで、体内の凝固能が増強され血小板も活性化されるでしょうから、動脈硬化が起こりやすくなっている可能性があります。

軽症でも病院との関係継続が必要

吉岡先生小児から成人へのトランジション(移行期医療)について、中等症・軽症の方で特に気をつけることはありますか。

松本先生出血がないと、成人になって通院をやめてしまう方がいらっしゃいますが、中断しないことです。肝細胞癌で当院に入院された方で、血友病Bにもかかわらず、40年近くフォローを受けていない方がおられました。その方は血友病のことをご家族にも一切、話していなかったのですが、娘さんがいらっしゃって結婚して当院で出産し、嬰児が生まれて小児科で検査をしたら軽症血友病ということが分かりました。

吉岡先生軽症の方は出血がなければ補充療法をしなくてもいいとはいえ、関節の痛みや抜歯、手術と出血との関係については理解していただかないといけないですね。また、患者さんの血縁女性についての保因者診断は大事です。軽症だから緩くていいということではないですね。

松本先生はい、軽症だからいいということではないでしょうね。一人、血友病患者のお母さんを結婚する前から診ていたのですが、フォン・ヴィレブランド因子が40%台、第Ⅷ因子は30%を切っており、当初はフォン・ヴィレブランド病と診断し治療していました。しかし、生まれてきたお子さんを検査したところ、第Ⅷ因子の活性だけが低く、軽症の血友病Aと診断されました。後日、遺伝子検査を実施したところ、血友病Aの遺伝子変異が見つかり、女性は血友病の保因者であったことが分かりました。この方は家族歴がなかったため、フォン・ヴィレブランド病と女性保因者は鑑別が難しかったと感じた症例です。

吉岡先生軽症であれ重症であれ、血縁のご家族に女性がいる場合は保因者であるかどうか、医療者も気にかけておく必要がありますね。

松本先生はい。聞いていない、知らなかったということで、後で問題になる可能性がありますので、検査などきちんとした対応をとっておくこと、予防できることは予防しておくことが重要ですね。保因者が出産する場合は「エキスパートの意見に基づく血友病周産期管理指針」(出典:日本産婦人科・新生児血液学会)があります。

吉岡先生中等症・軽症の患者さんの課題として、付け加えることがあればお願いします。

松本先生病院との関係を切らないでほしいです。当院は普段出血症状のない中等症・軽症の患者さんも、毎年、申請・更新書類を書く時期である1月・2月に予約を取っていただくようにしています。最低でも年に1回は顔を合わせるようにしてください。そこで他の病気が見つかって処置をしなければいけない場合も、予約受診をしていただければいくらでもつなぐことができます。

吉岡先生成人の方が受診をやめてしまう背景には、進学や就職等で他の都市へ移動してしまうことがあります。医療側の連携ネットワークはできていますので、ぜひ患者さんは医療者にその旨言っていただき、病院との関係を途切れないようにしていただきたいですね。さて、前号の小倉先生に続いて中等症・軽症の血友病について極めて大事な話を伺うことができました。重症患者さんが定期補充療法によって軽症化することが増える新しい状況の中、軽症型についても共に改めて勉強しないといけませんね。中等症・軽症血友病も多く診ておられる先生方からの今日的なテーマでした。ありがとうございました。

(2021年Vol.68夏号)
審J2107087