CLOSE UP HEART

第7回 血友病診療を「連携の力」で前進させる

本誌監修の吉岡章先生が血友病の専門医(家)にインタビューし、ひとつのトピックスを掘り下げる「クローズアップハート」。ご登場いただいた白幡聡先生は、産業医科大学小児科在籍時から「北部九州血友病センター」の設立・運営に尽力する等、我が国の血友病包括医療の先導的役割を果たしてこられました。さらに2018年1月に発足した「日本血栓止血学会血友病診療連携委員会」でも中心的存在である白幡先生に日本の血友病診療の問題点や今後の展望を伺います。

先生の写真
日本血栓止血学会 血友病診療連携委員会委員長 産業医科大学名誉教授 北九州八幡東病院
白幡 聡先生 (写真左)
白幡 聡先生 プロフィール
  • ●1968年3月 慶應義塾大学医学部 卒業
  • ●1969年4月 同大学医学部 小児科学教室 助手
  • ●1974年1月 聖マリアンナ医科大学 小児科学教室 助手
  • ●1976年1月 同大学 小児科学教室 講師
  • ●1979年4月 産業医科大学小児科学教室 助教授
  • ●1994年8月 同大学 小児科学教室 教授
  • ●2009年4月 同大学 名誉教授、北九州八幡東病院 院長
病院の写真
北九州八幡東病院
〒805-0061
北九州市八幡東区西本町2-1-17
TEL:093-661-5915(代表)
URL:http://www.kitakyu-hp.or.jp/

血友病診療の問題点は?

吉岡先生今回は、白幡先生に日本の血友病の診療体制を新しく立ち上げていただいたということで、ぜひご紹介させていただきたいと思います。対ドクターだけではなく、広く医療従事者や患者さんにこの体制を立ち上げた意義や将来の展望等をお示しすることも大切だと思いますのでじっくりお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。まず、我が国の血友病診療体制の過去から現在までの問題点についてお聞かせください。

白幡先生日本の血友病診療体制の一番の問題点は、血友病の患者さんの受診施設が広く分散していることです。現在、我が国には約6,000名の患者さんがおられると推定されていますが、それらの患者さんが500以上の様々な施設に分散して受診しています。そのため、日進月歩している血友病の診療の現状をあまりご存知ない先生の診療を受けている患者さんが少なからずおられて、その結果、大きな医療格差が生じているのです。そこで、できるだけ多くの患者さんに最新の情報と治療を届けられる診療体制の整備が必要と感じました。しかし、血友病センターに集約すると、地元の病院で診てもらえる利便性が失われてしまいますので、センター化ではなく、診療連携体制をしっかりと構築することが大切だと考えました。血友病の患者さんは必ずしも毎回専門医にかかる必要はないので、例えば、年に1回センターに受診して血友病専門医から、その患者さんにとって最適な治療の仕方や血友病から派生する様々な問題についてアドバイスをしてもらえる、そういう連携体制を作りたいなと考えてきました。そこで、もう30年以上前になりますが、産業医科大学病院に多職種連携の血友病センターを開設しました。今では、チーム医療は当たり前になっていますが、30数年前に大学病院の中に多診療科・多職種連携チームを導入するのはなかなか大変なことでした。幸い産業医大は新しい大学で講座間の壁が高くなかったことに加えて、医師を含めた職員の間に「なにか革新的なことをやってやろう」という気持ちがあり、血友病センターを立ち上げ、発展させることができました。そして、包括医療を進めて行く中で、患者さんのニーズが非常に多岐に渡っていることを実感しました。海外では既に血友病センターが大きな実績を上げていることを知っていましたが、私自身、現場で実感したことで、日本にも多職種連携による包括的サポート体制の導入が必要とさらに強く思うようになりました。しかし、日本は一つの施設に受診している患者さんの数が10人以下のところがほとんどで、こうした施設が包括医療を提供することはできませんので、それができる施設との連携が必要になります。もう一つ、医療連携を全国に拡げていく動機になったのは、近年、それぞれ特徴のある良い製剤が次々と出てきて、個別化治療が可能になったことです。標準的治療と違って個別化治療の提供には血友病専門医の直接的なかかわりが必要と思ったからです。

吉岡先生診療体制を新しく構築するというよりは、連携体制をもう一度見直すということでしょうか。その時に今おっしゃったように、センター、特にナショナル・センターということが出てくるとどうしても集約化、ピラミッド化して自由なアクセスというのがもしかしたら脅かされるのではないかという心配が出てきました。そういう利便性を損なうことなく、必要でかつ適正な医療が患者の皆さんに日常的に提供できるようにしたいということですね。

血友病診療連携の意義

白幡先生血友病専門医のもとでこの構想の検討がスタートしたのは2008年で、血友病診療センター化構想という名前で2010年に青写真が提唱されました。しかし、センター化=集約化との誤解などもあって前に進まなかったので、吉岡先生ともご相談の上、血友病専門医だけでなく、専門医ではないけれども地域でがんばっている先生、他の医療職種、患者さんとそのご家族にも参加いただいた協議会を立ち上げ、改めてグランドデザインを練り上げました。そして、この提言をもとに2018年1月に日本血栓止血学会血友病診療連携委員会が発足したのです。

吉岡先生こういう構想を10年以上前からあたためてきて、そこで出てきた問題点を少しずつ調整・修正していった結果、途中で出たセンター化構想だと患者さんの利便性が低下する不安があるので、今はそうではない構想になっているということを、ぜひ皆さんに知ってもらいたいと思いますね。

白幡先生血友病診療連携の意義は治療全体の底上げを図るとともに、非専門医に受診している患者さんにも個別化治療と包括医療を提供できることです。もう一つの意義は多施設の連携を図ることで有害事象が発生したときに、いち早く情報を把握して、患者さんを含めたいろいろな立場の人が公平な立場で有害事象を分析し、適切なコメントを早く発信できるようになることです。私は薬害の拡大防止にはこれしかないと考えています。もちろん、薬害を起こさないようにすることが第一ですが。

吉岡先生治療全体を底上げするだけでなく、専門性の高い個別化治療を患者さんに提供する。さらに有害事象等に対する迅速な情報収集と対処。また最近では大きな災害も続きました。これも問題ですよね。その際もこういうネットワークがあることによって迅速な活動ができますね。

血友病診療における諸外国の状況

吉岡先生日本での実情や今後進んでいく道を探すには、ナショナルデータと言いますか、情報として、あるいは数字としてまとめることが必要です。諸外国との連携を見据えたうえで、そちらの見通しはどうでしょうか。

白幡先生法律的なバックアップがないと全施設調査は不可能ですが、ブロック拠点病院と地域中核病院等がきちんとした信頼できるデータをしっかりと押さえ、提供していただければ、日常臨床にフィードバックできる有用な大規模臨床疫学データを得ることができるでしょう。

吉岡先生それはナショナルデータとなりますね。海外と言えば、アメリカはブロックを分けてNHF(NationalHemophiliaFoundation)の活動がある。それから北欧はおそらく本当にナショナルでしょうね。ヨーロッパには国レベルで優れているところがかなりありますね。我々が目指すのはイギリスの「英国血友病センター医師会」のような組織と活動に加えて多職種者と患者さんも加わった日本版を狙っておられるという理解でよろしいでしょうか。

白幡先生まさにそうですね。もう一つ、EUには欧州血友病ネットワークという組織があって2018年6月現在、33か国141施設が加盟しています。そこは、包括ケアセンターと血友病治療センターで構成されていますが、私たちはこれをモデルにブロック拠点病院と地域中核病院を中心に診療連携を図ることにしました。

血友病診療連携がもたらす未来

吉岡先生色々ご苦労はあったと思うのですが、この委員会の下に協議会(ネットワーク)を作られることによって、今後目指す血友病診療のあり方として、白幡先生の思い描いていらっしゃることをお話しいただけますか。

白幡先生患者さんのQOLを出来る限り健康な人のレベルに近づけるための医療を提供するということに尽きると思います。繰り返しになりますが、これだけ特徴のある製剤がいろいろ入ってきて、患者さんのニーズにそって個別的なサポートを提供できるようになった。そうした背景を受けて、患者さんに新しい情報を提供し、コミュニケーションを十分図る中で、それぞれの患者さんに最適な医療を提供していくためには、やはり専門医とのかかわりが年に1回でもいいから必要だと思います。それで、まず始めにとりかかりたいのが「診療連携」なんですよね。レジストリーも目指していますし、将来的にはナショナルセンターの設立等いろいろ考えていますが、まずは「診療連携体制」をきちんと整えることによって、患者さんにご満足いただける医療の提供を目指していきたいなと思っています。 血友病診療連携体制

(2019年Vol.60春号)
審J2005103