CLOSE UP HEART

第5回 血友病保因者及び血友病児の周産期ケア

血友病の専門医(家)に監修の吉岡章先生がインタビューし、ひとつのトピックスを掘り下げる「クローズアップハート」。第5回は日本産婦人科・新生児血液学会による「エキスパートの意見に基づく血友病周産期管理指針2017年版」の作成メンバーである奈良県立医科大学附属病院産婦人科の佐道俊幸先生と小児科の武山雅博先生に、血友病保因者が妊娠・出産をする際に心がけることや生まれてきた赤ちゃんが血友病だった場合の対応等についてお聞きしました。

先生の写真
奈良県立医科大学附属病院
産婦人科 佐道 俊幸先生(写真右)
佐道 俊幸先生 プロフィール
  • ●1991年 奈良県立医科大学卒業
  • ●1995年 奈良県立医科大学産婦人科 助手
  • ●1998年 同附属病院新生児集中治療部 助手
  • ●2011年 同産婦人科 講師
  • ●2013年 大阪暁明館病院 産婦人科 部長
  • ●2015年 奈良県立医科大学産婦人科 准教授

小児科 武山 雅博先生(写真左)
武山 雅博先生 プロフィール
  • ●2000年3月 奈良県立医科大学医学部卒業
  • ●2000年4月 奈良県立医科 大学小児科研修医
  • ●2001年4月 済生会御所病院小児科
  • ●2004年4月 奈良県立医科大学大学院入学
  • ●2008年4月 同附属病院 NICU 医員
  • ●2008年11月 同助教
  • ●2008年12月 医学博士号取得
  • ●2010年4月 米国NY州ロチェスター大学博士研究員
  • ●2013年1月 奈良県立医科大学小児科 診療助教
  • ●2013年4月 同 助教
  • ●2017年10月 同 講師
病院の写真
奈良県立医科大学附属病院
〒634-8522
奈良県橿原市四条町840番地
TEL:0744-22-3051(代表)
URL:http://www.naramed-u.ac.jp/hospital/

妊娠がわかったら誰に相談する?

吉岡先生血友病の本質的な問題は反復性の出血と遺伝性(X連鎖劣性)であることです。従って、血友病保因者の出産時の出血や新生児への対応が問われています。保因者診断を含めた遺伝の問題と出産にあたっての母体側あるいは胎児側の出血の問題を考えると、周産期のケアは血友病の大きな課題になると思います。予め保因者とわかっている方の妊娠が判明した場合に、一体どのように相談・診断を進めていけば良いでしょうか。

佐道先生まず保因者が遺伝カウンセリングを受けているかどうかによって大きく異なります。幸い、私が診た妊婦さんはきちっとカウンセリングを受けられて血友病の遺伝についてわかっている方がほとんどですので、そんなに苦労はしていません。しかし、全く知らない方が受診された場合は当院では小児科医、あるいは臨床遺伝専門医の力を借りて、まず遺伝形式等に関して十分に理解していただくことが大事です。そこばかりお話ししてしまうと「赤ちゃんは病気ですよ」と言っている感じもありますので、そこをあまり強調しすぎるのもいかがなものかと思います。血友病A保因者であれば妊娠に伴って7~8割の方は第Ⅷ因子活性が増加しますので、妊娠中の出血トラブルの可能性は低いと思います。しかし2~3割の方は分娩時になっても第Ⅷ因子活性が50%以下の人がおり、また血友病B保因者の場合は妊娠が進行しても第Ⅸ因子活性の有意な上昇はみられないので、一部の保因者では分娩が始まってから凝固因子製剤の補充が必要となります。それ以外では、妊娠初期に切迫流産等で出血したり、羊水検査で凝固因子製剤の補充が必要になったりということがありました。

吉岡先生血友病AとBではそれぞれ様子が異なりますが、出血を伴う事態が起こったときには凝固因子製剤の補充が必要となりますね。それさえなければ経過を観察する程度で良いでしょうか。

佐道先生産婦人科としては保因者だからといってこまめに来院してもらうということは無く、通常の妊婦健診として来ていただきます。妊娠初期、中期、末期と定期の採血が3回ありますので、その時同時に小児科で凝固因子活性を測ってもらっています。

武山先生まず妊娠という診断を得られた時点で産婦人科から小児科へ紹介していただくので、その時に保因者妊婦の凝固因子活性を測り、後は28週、34~36週で活性がどこまで上昇しているかを測ります。

吉岡先生奈良医大では産婦人科と小児科の連携がうまくいっているのですね。血友病Aの場合に実際活性が50%を下回る例はありますか。その場合は出産が近くなってからの対応ということになって、途中の20週、30週で製剤を補充するということは無いのでしょうか。

佐道先生2~3割の妊婦さんは凝固因子活性が50%を超えないことがあります。

武山先生特にイベントがなければ出産までは積極的に補充療法をすることは無いのですが、凝固因子活性が低い患者さんは分娩時と分娩後に製剤の補充が必要になります。まずどの製剤を使うかを選択し、活性がどれだけ上昇するかは妊婦さんによってばらつきがありますので、同意が得られれば予め輸注試験をして投与量を考えるということもあります。

分娩の方法と分娩時に気をつけること

佐道先生分娩様式別に考えますと経腟分娩では頭蓋内出血のリスクが少し上昇します。血友病新生児での発症率は約2.5%で、一般集団と比べると40~50倍になります。しかし、これまでに奈良医大で血友病を理由に帝王切開を受けた方はいません。当院の特徴としては、上のお子さんが生まれて初めてお母さんが保因者とわかった方が半分くらいいらっしゃいます。経産婦ですと分娩もスムーズに行く可能性が高く、他に問題がなければ経腟分娩を選択されています。外来では中立的に事実をお話しして、最終的にはご本人に選択していただいています。従って、希望があれば帝王切開分娩を行うこともできます。しばしば妊婦さんが保因者かどうかわからず、鉗子分娩や吸引分娩といった頭部に負担がかかる分娩をしてしまったという例はあります。しかし事前に血友病保因者だとわかっている場合は、吸引分娩の適応が考えられた段階で帝王切開分娩に変更します。

新生児の血友病診断と止血管理

吉岡先生妊婦さんが保因者ですと、生まれてきた赤ちゃんが男の子だった場合には1/2の確率で血友病患児ということになりますが、赤ちゃんに血友病の可能性があった場合はどのような対応をされますか。

武山先生血友病または保因者が疑われる新生児には、出血傾向の有無を確認するためにまず採血をして、PTとAPTT※を測ります。実際にはPTとAPTTの組み合わせだけでは正確な判断ができない場合が多いので、第Ⅷ因子あるいは第Ⅸ因子の活性値を測ります。しかし、第Ⅸ因子は血友病ではない新生児でも活性値が低く、一般的に診断がつきにくいので、生後半年くらいに再度検査をするようにしています。血友病AもBも共に必ず実施しているのは頭部エコー(超音波)検査です。もし出血があった場合は早期に見つけて、製剤を投与しています。新生児は生体内回収率が低く、半減期も短いので投与量自体は多めで、まず体重1kgあたり50単位を入れてみて、少なければ追加投与をします。

※PT、APTTとは、患者の止血機能を調べる検査のこと。PTとAPTTの2つを組み合わせることで、どの凝固因子に異常があるかを推測することができる。

吉岡先生実質的にはPTとAPTTを測るだけでなく、血友病Aであれば第Ⅷ因子、Bであれば第Ⅸ因子を測る。そして患者であると診断がついたら、その後は慎重に診ながら必要に応じて止血管理をするということですね。

武山先生はい。エコー検査で何か疑いがあれば必ずCTも撮ります。もし頭蓋内に出血や頭蓋外に血腫がみられた場合は十分な補充療法を行います。

佐道先生当院ではCTがすぐに撮れるので、緊急時はエコーを飛ばして、すぐにCTを撮る場合もあります。

吉岡先生新生児の止血管理について「エキスパートの意見に基づく血友病周産期管理指針2017年版」では、遺伝子組換えあるいは血漿由来の第Ⅷ因子あるいは第Ⅸ因子製剤を止血治療に使用すると記載がありますが、新生児についての方針や経験で蓄積されたものはありますか。

武山先生ガイドラインでは一つの製剤に限定せず遺伝子組換えあるいは血漿由来製剤を並列に記載しています。新生児の治療ではインヒビター発症の問題が出てくると思いますが、今のところ統一的な見解として遺伝子組換え型も血漿由来型も差がないと言われていますので、どちらを選択しても良いと思います。実際には遺伝子組換え製剤を使用する方が多いです。

吉岡先生血友病、あるいは保因者であるということがわかった場合は、新生児期、あるいは乳児期に特に注意すべきことはありますか。

武山先生日常生活の中で、どういうことに注意すべきか、またどういうタイミングで出血症状が始まることがあるのかをお伝えします。例えばハイハイやつかまり立ちをする時期は要注意で、早い子はハイハイで最初の皮下出血をします。一番怖いのはつかまり立ちで転倒して、頭を打って出血することです。そういう時期に家の環境をどのようにしたら良いかや、ヘッドギアはどこで買えるか等をお伝えしています。その後、徐々に出血のリスクが増えてくるのでだいたい週1回の定期投与を始めること等を説明します。

保因者へのケアはどうする?

武山先生保因者の診断は難しく確実な方法は遺伝子診断ですが、基本的にご本人の同意が必要なのでご両親が希望されたからといって、赤ちゃんに遺伝子診断をすることは現在行っていません。例えば高校生くらいになって同意が得られれば行います。しかしご家族からすると保因者かどうかは知りたいので、その場合はまず活性だけを調べる保因者検診をし、赤ちゃんに出血リスクがあるかどうかを伝えるだけでも安心されますね。

吉岡先生患者さんや家族の不安を減らすため、遺伝の理解を深め遺伝病をどのように受け入れていくのかという遺伝カウンセリングの意義は高くなりつつありますね。私見として、血友病のことをあまり知らないカウンセラーよりは、血友病を実際に診て家族のことも知っている医師や看護師が、さらに遺伝カウンセラーとしての教育やトレーニングを受け、専門カウンセラーとして活躍していく方向で考えてくれるのがよいと思います。

(2018年Vol.58秋号)
審J2005101