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第2回 血友病の遺伝と保因者

血友病の専門医(家)にインタビューし、ひとつのトピックスを深掘りする「もっと知りたい!血友病のことクローズアップハート」。第2回は血友病の遺伝、保因者診断や保因者を取り巻く環境、さらに、最近の遺伝子解析について、監修の吉岡 章先生が東京医科大学病院の稲葉 浩先生にお話を伺いました。

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東京医科大学病院 臨床検査医学科
講師 稲葉 浩先生
稲葉 浩先生 プロフィール
  • ●1985年3月 昭和大学大学院 薬学研究科 修士課程修了
  • ●1985年4月 東京医科大学臨床病理学教室 助手として勤務
  • ●1987年4月 米国ジョンズ・ホプキンス大学 小児科Genetics unitに留学
  • ●1988年11月 東京医科大学臨床病理学教室 助手として帰任
  • ●1990年5月 学位(医学博士)取得
  • ●1994年4月 東京医科大学臨床病理学教室(現:臨床検査医学分野)講師
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東京医科大学病院
〒160-0023
東京都新宿区西新宿6-7-1
TEL:03-3342-6111
URL:http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/

血友病の遺伝の仕組み

吉岡先生最近の遺伝子の解析や遺伝子治療といった「遺伝子」と名のつく医療の状況が、血友病についても随分と変わってきました。そこで今回は、遺伝の基本や保因者について掘り下げていきたいと思います。まずは「血友病の遺伝」の概要についてお話しいただけますか。

稲葉先生血友病は遺伝する病気で、X染色体に連鎖する劣性遺伝形式で、発症するのは基本的に男性です。中には非常にまれではありますが女性の血友病患者もいらっしゃいます。
日本での血友病の出生率はおよそ1万人の男児に1人の割合ですが、欧米では5千人~1万人に1人の割合と言われており、日本は若干低めかもしれません。ただ、軽症の血友病患者さんでは診断がついてない可能性もあります。この発生比率というのは変わることなく将来もずっと続いていくものと思います。

遺伝子の変異にはどのようなものがある?

吉岡先生X染色体連鎖劣性遺伝ということは、男性の病気で一般的には母親が保因者と考えられます。この場合、男児の生まれる確率は1/2、全体として1/4の確率で患者さんが生まれてくるわけです(図1)。しかし、家系の中に血友病の患者さんがいなくてもたまたま血友病の男児が生まれる孤発例がありますが、それはどういうことでしょうか。

稲葉先生血友病の約3割は孤発例と言われています。代々家族に血友病がいなかったので突然変異のように思われますが、実はお母さんを調べてみると保因者であるケースが多いです。おそらくお母さん自身が突然変異によって保因者になったと考えられています。というのは、変異は男性の精子に異常変異を持つ場合が多いので、祖父の精子のX染色体に何らかの変異が生じてまず最初に母親が保因者になるというわけです。

図1.X染色体連鎖劣性遺伝形式
<図1.X染色体連鎖劣性遺伝形式>
血友病の父親と健常女性との子供は、男児の場合は健常。女児の場合は、保因者となる。血友病保因者の母親と健常男性との子供は、男児では2分の1の確率で健常または血友病、女児では2分の1の確率で健常または保因者となる。

吉岡先生祖父の精子のX染色体の一部が変異を起こしても、男性から男性にはX染色体は伝わりません。しかし、女児には変異のあるX染色体1本が隠れた状態で受け継がれ(保因者)、その女性が血友病男児を出産した時はじめて保因者だということがわかる。だから、孤発例は血友病男児が生まれた時点で変異が生じたのではなさそうだということですね。

稲葉先生遺伝について血友病AとBを別々に考えてみますと、血友病Aは特に遺伝子の「逆位」という変異が多いということがわかってきています。この場合は必ず重症型の血友病Aになります。その他には「点変異」というものがあり、患者さんそれぞれ異なった変異が起きていると言っても過言ではないくらい、多種多様な変異が報告されています。血友病Bに関しては「点変異」が多く、やはり多種多様です(図2)。

図2.遺伝子変異の種類
<図2.遺伝子変異の種類>

吉岡先生この遺伝の変異というのは日本人特有のものでしょうか。それとも人種を問わず同じようなことが起こっているのでしょうか。

稲葉先生おそらく人種を問わず起こっていると思いますが、日本はアジアの端に位置し鎖国などで閉鎖的な環境にあり人種の交わりが少なかった。そのため特に軽症の血友病を起こす特定の変異については脈々と受け継がれ、それが他の国よりも高い頻度としてみられる可能性があります。

血友病の保因者診断の今

吉岡先生最近はいろいろな方法で「保因者診断」が可能となっていますが、先生はどのように考えていらっしゃいますか。

稲葉先生「保因者」についての研究は進んでいます。一人の血友病患者さんに対してその血縁者のうち2人~5人の女性が保因者であろうと言われています。統計ではわが国には血友病患者さんがAとBあわせて約6千人いらっしゃいますので、2万人程度の女性が保因者の可能性があると推測されます。これまでの凝血学的な検査だけでは不確定な要素が多く難しかった保因者診断も、遺伝子解析ができるようになって、より精度があがりました。保因者診断において私たちの施設では、まず患者さん自身の遺伝子変異を突き止めることを行います。次に保因者診断の対象となっている女性にその変異があるかないかということを確認しています。患者さんの変異を同定した上で、対象の女性の検査に進むとよりスムーズで信頼性が高くなります。しかし、中には遺伝子解析をしている部分に原因となる変異が検出できず診断に至らない場合もあります(表1)。
しかし、検査をしなくても遺伝学的に保因者であることがわかる場合があります。①血友病患者の娘 ②2人の患児を持つ母親 ③血友病患児の母親で母方のおじが血友病というように家系内に2人の血友病患者がいる、このような場合は「確定保因者」となります。

表1.保因者診断の対象となる女性
1 1人の血友病患児を出産したが、家系には血友病患者がいない女性
2 血友病患者の姉妹
3 母方血縁に血友病患者がいるが、血友病患児をまだ出産していない女性

遺伝カウンセリングの重要性

吉岡先生遺伝子解析や保因者診断は大切な個人情報そのものです。その取扱いについて東京医大を含めてどのようなシステムになっているのでしょうか。

稲葉先生私たちのところでは、まず出来る限りクライアント(依頼者)に来院をしていただき、フェイス・トゥ・フェイスでインフォームド・コンセントをするところから始めます。一連の解析が終わった後もお会いしてクライアントの顔を見ながらよく理解を得られるよう時間をかけてお話しさせていただくようにしています。またデータは連結可能な匿名化がなされ、検査段階では「◯番のDNA」のように匿名状態で解析され、データは研究室の鍵のかかった棚で厳重に保管されています。政府から人の遺伝子に関する「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(厚生労働省・文部科学省・経済産業省の三省合同)が出ていますのでそれに則り、また東京医大倫理委員会の承認を得てやっていますので、我々としては最大限の注意を払っています。

吉岡先生クライアントが地方にお住まいでどうしても東京に来られない場合はどのような方法がありますでしょうか。

稲葉先生地元の主治医の先生に仲介してもらえば可能ですが、できれば血友病とその遺伝に詳しい方(医師や遺伝カウンセラー)に関わっていただきたいという気持ちがあります。インフォームド・コンセントや結果の報告等、非常にデリケートな問題を含むので、誤解をまねくようなことはできるだけ避けたいのです。そのような主治医がいらっしゃる場合は、検体を送付していただき解析することもしています。予算が限られていることもありますし、基本的にクライアントの強い意思があり、遺伝子を解析することの意味を十分にわかっていただいて初めて成り立つものなので、保因者かどうかが心配で娘(女児)の保因者診断をしてほしいという両親の希望があっても、それだけではおそらく引き受けないと思います。

吉岡先生診断を希望する方も「やってみたいな」という気楽な気持ちではなく、医療上どうしても必要な方、またはこれから結婚・妊娠・出産ということを控えた方等、真にこの診断が必要な方には協力を惜しまないということですね。
遺伝子検査は技術的には可能な時代ですが、その結果がもたらす意味やクライアントにとっての真の利益になるかどうかが大切です。できれば専門のカウンセラーや医師が検査前、結果報告後のフォローをするのが望ましいと思うのですがいかがでしょうか。

稲葉先生検査前には「今からやること」と「検査でわかること」をできるだけていねいに説明し理解していただいた上で受けていただく。実際に結果が出て、保因者だったという報告をした場合には様々な問題が浮き彫りになります。その影響は非常に大きく時には差別につながることがあり、さらにカウンセリングが必要になるケースもあると思います。これは血友病だけではなく多くの遺伝病に関わる問題なので、今後も十分議論をして環境を整備していきたいと思います。

(2017年Vol.55冬号)
審J2005099