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5 家庭治療(家庭注射・自己注射)

いったいいつから家庭注射(家庭でご家族が血液製剤を注射する)や自己注射(自分で注射する)を始めたらいいのでしょう。理想的には幼稚園の入園前、お泊り保育までに家庭注射ができると、小学校での移動教室やスポーツクラブの合宿前までに自己注射ができると安心して送り出せるでしょう。しかし、始める時期はお子様の出血しやすさ、特定関節の反復出血の有無、血管の見えやすさ、注射の必要性、親やお子様の意欲などに左右されますので、個別に考えなくてはなりません。

家庭注射について、よく尋ねられるのは「嫌がる子に対して痛い注射を強引にすると親子関係を壊すのではないか」という声です。基本的には壊すことはないと言っていいでしょう。もし壊れることがあるとすれば、それはきっと注射だけが原因ではありません。病院で専門家に相談してみてください。注射となれば、もちろんどの子も最初は泣きますし、嫌がり暴れます。それが普通です。やがて、注射すれば痛くなくなるのが分かるけど、いざとなると泣く状態に移行し、幼稚園の年中さん、遅くとも10歳ころまでにはほとんどのお子様は注射を我慢できるようになります。軽い麻酔の入ったパッチを貼った後に注射して痛みを低減する工夫もできます。いろいろな知恵を出し合いながら、我慢できるようになるまで一緒にがんばりましょう。成人した患者さんはよく言います。「思春期に反発したこともあったけど親にはとても感謝しています」と。

練習のタイミングですが、社会心理学では共に耐える仲間と同席し、あるいは仲間に見られていると、人は痛みにもより長く耐えられるという実験結果があります。そう、キャンプなどで先輩や同級生が注射しているのを見る、あるいは複数で輸注訓練を受けることはとても効果的なやり方です。当院のサマーキャンプで誰に言われるわけでもないのに遊び半分で人工の腕に注射しはじめて、覚えてしまう子どもはとても多いのです。また一度に全てを学習するのではなく、外来で注射する際に最初は製剤の溶き方を体験的に学び、続いて衛生管理や医療廃棄物の処理法を、出血部位と輸注量の関係を学習し、最後に注射の実技を学ぶなど、抵抗感の少ない順にやるのは負担の少ない方法と言えます。

なお一度覚えれば全てOKでなく、スランプが来るのが普通です。「がっかりしないでください。注射は簡単な手技ではないのです。焦らずにやりましょう。」とあらかじめ伝えておくのも有効です。スランプの乗り切り方は様々。病院に行ってスタッフの前でチェックしてもらって、スランプの原因を探る。慌しい朝ではなく、夜の入浴後(翌日の止血効果としては劣るが、血管が見えやすくなる)にやってみる。母親だけでなく父親も訓練を受けてみる。病院で再挑戦プログラムに参加するなど。病院の看護師さんも交えて、一緒に工夫してみてください。

自己注射は自立の大切な一歩となります。よほど出血エピソードが少なければ別ですが、注射が自分でできなくて病院や親と離れられないのであれば、志望校への入学、やりたい仕事への就職もままなりません。その上、ただでさえ親への依存が強くなりがちな血友病のお子様の心理的自立を一層難しくすることでしょう。